生長の家会員の個人サークル
谷口雅春先生倶楽部
谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え
とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教
団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次
のとおりです。
『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ
尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、
処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心
帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』
生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である
谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか
危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に
教団内において正しいみ教えを学んで行きます。
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生長の家「今昔物語」・霊界篇の再掲示<第二十五話> (544) |
- 日時:2013年03月20日 (水) 14時08分
名前:信徒連合
生長の家「今昔物語」第五篇 霊界篇
第二十五(通算第266話)
霊界とは、どのようなところか?(その六) 霊界の第二圏(『人間死んでも死なぬ』P.121−130)
<<霊界の第二圏は、大体地球上のありさまによく似ている。光線の明るさはその上層部と下層部とにて異なるが、地球上の日光よりやや薄暗い程度だと思えば間違いないであろう。
第一圏は懶惰(らんだ)な始末におえない放縦霊(ほうしょうれい)の集合であるから、建物は全然建造されていないが、第二圏には地球上の建物と極めて似寄った建物がたっており、その街区も地球上のそれに極めて似寄っている。例えば、赤煉瓦(あかれんが)の小さい家などが立ち並んでいるのである。(これは英国の霊界に於いてのことである。
英国のすぐ上の空間には英国の霊界があり、インドの国のすぐ上の空間にはインドの霊界がある。国境と云うような区画はないが、<霊は類をもって集まる>ので、英国の上の霊界にはおのずから英国人街が出来ている訳である。建物の様式もその住民によって異なるのである。)
自分は第二圏の生活がどんなものであるかを、マッケンジー氏が目撃した老朽巡査の生活を描写することによって髣髴(ほうふつ)せしめよう。
第二圏の中層に低い程度の中産階級の住まうような棟割長屋が建っている。一棟の連続せる数個の家は、すべて同じ形にしつらえられていて殆ど区別しがたい。
その一軒に嘗ては生前は巡査をつとめたのであるが――その勤務も年金が欲しさに或る長い期間勤めたのであるが――年金をもらった後は退職して貯めていた小金で玉突き店を買ってその持ち主となった男が、その妻と一緒に生活していた。
彼が生前の願いは小金を貯めて出来るだけ安易に、仕事なしに暮らし得ることであった。彼は玉突屋の持ち主であった時には別に悪いこともしなかったが、別に善い事もしなかった。
彼の仕事は夜があけると玉突屋の扉を自分の持って来た鍵で開くことと、夕方また扉を閉めて鍵をかけることのほかは永久の安息であった。そして何事もなしに彼は地上の生命を終えたのであった。
彼は霊界に来ても自分の欲することをしていた。(霊界の法則は自然に<それ>が不可であると曉(さと)るまで自分の自由に試みることであったからである。)
彼は毎日、近隣の人達と用もない雑談に耽(ふけ)ってなすこともなくぶらぶらと生活していた。彼は謂わば自分の望んだとおりの生活をしているのであるから、此処こそ極楽浄土であった。そしてもうこれ以上の生活はないと信じていた。
(第二圏はもう苦痛のない世界であるから、この巡査のように自分の住んでいる霊界を本当の天国だと思って、もうそれで満足し切って他の世界への向上を求めない霊魂が多く住んでいる。彼らがこの世界を満足だと思っている間は、十年でも二十年でも百年でも二百年でもこの第二圏以上の世界に進むことは出来ないのである。しかし時として彼らに一層よき好ましき霊界の存在している事を知らして呉れるために、一層上圏の霊界から彼等の親戚故旧の霊魂が訪れて来ることがある。)
或る日この老朽巡査が近所の老人を自分の家へ引き入れて他愛もない雑談に耽っていた。するとその門口のところへ一人の牧師のような乞食のような男が訪れて来たのである。
老朽巡査が一寸ふり返った。「天国の事について、ちょいとお話させて頂きたいと思いますが」と、その牧師のような男は言った。「天国の話だってよ。ハッハッ------」と老朽巡査は笑い出した。「此処が天国じゃないかねえ、お前さん」と彼は隣の老人に言いかけてから、一寸門口の方へ振り返って、「何にも今日はお余りはねえよ。」とゾンザイな語調で言った。
牧師の様な乞食のような男は仕方がないので又歩き出した。二、三町歩いて行くと、或る家の門に寄りかかって何か思いに耽っているような老婦人があった。彼女は、この永久の休息のような世界に、もう飽き飽きして来ているのであった。――何かもっと意義のある生活がありそうなものだ――こう彼女は考えていたが、どうしたら、その意義ある生活が送れるかがわからなかったのである。
其処へ丁度この牧師のような男がやって来たので、彼女は喜んで彼を自分の家へ招じて一層高い霊界の話を聞いた。
どうかしてそうした上層の霊界にのぼって行きたいものだとの念願と共に、彼女はこの上層からの出迎えの霊と一緒に第三霊界へのぼって行った。
彼女はこの単調な無意義な生活に飽き飽きして永い間思い悩んでいたその間に、次第に自分の幽体の穢れがとれて第三霊界へのぼり行くことが出来る程の軽さに自分の体量がなっていたのである。>>
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