生長の家会員の個人サークル

谷口雅春先生倶楽部

谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え

とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教

団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次

のとおりです。

『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ

尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、

処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心

帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』

生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である

谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか

危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に

教団内において正しいみ教えを学んで行きます。

 

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「マサノブ教」信徒のみなさま、御認識を間違わないようにお願いします。== 特に、「虚説の摧破」と「批判」についての誤認識(混同)がひどいですね! (7561)
日時:2015年07月17日 (金) 12時49分
名前:画龍点睛



合掌、ありがとうございます。「マサノブ教」を信奉されていらっしゃる信徒さんの中には、マサノブ君の、衆生救済を放棄して地球の救済(環境問題)に一目散のやり方には我慢できない人達が実に沢山いらっしゃいます。そのような人たちは又一方に於いて、「マサノブ教」と「マサノブ総裁」を“批判”している所謂、「本流」は嫌いだ、といってそのまま「非・生長の家」の「マサノブ教団」に残って「聖使命会費」を今まで通りに納め続けていらっしゃる信徒さんも結構沢山いらっしゃいます。



「本流信徒」=「批判勢力」=「大調和の神示の違反者」 というように思っている信徒さんに今日は一言申し上げます。マサノブ君は『生命の實相』が大嫌いでかつて本部の会議の席上で「雅宣さん、あなたは『生命の實相』を全巻読みましたか?」と尋ねられた時、マサノブ君は「私は読んでいません!」と返事したそうです。時々、マサノブ君は『生命の實相』の一部分を引用しておりますが、彼は自分のサヨク唯物思想に有利に利用できそうなところだけの引用をするのであります。この様な“利用”できるところと、内容が相反して一件“矛盾”しているように見えるところ、そして、現代科学から見て批判できそうな、所謂、“アラ探し”をする目で“関心深い所だけの流し読み”をしたのであります。決して、真剣な求道者として、自分を無にして、海綿が水をそのまま全部吸うが如く真理を求めて行く読み方をマサノブ君はしていないのであります。



マサノブ君が『生命の實相』で一番嫌うところは、「ある日、わたしは静座合掌瞑目して真理の啓示を受けるべく念じていた。・・・」という所と「神性隠蔽」と「和解の倫理」であります。これ等の部分についてはこれまでに彼は一回も引用することなく、絶対的に避けて通っています。彼にとってのアンタッチャブルな“鬼門”の言葉であります。更に、マサノブ君にとっての最大の弱点部分は「和解の倫理」の次のところであります。

<<われわれは天地一切のもの(実在)と和解しなければなりませんけれども、虚説に対して和解してはならないのであります。虚説に和解したら実相をくらますことになります。実相をくらませば、みずから迷うことになるのであります。 異端・盲説・妄念・妄想は、<本来無い説>―虚説―でありますから、その実相をみれば「本来ない」ことが判るわけでありますから、本来ないもの「虚説」に和解することは絶対に出来ないのであります。光は闇と和解することは出来ない。光が近ずけば闇は消えるほかはない。それと同じく、真説は虚説に近ずけば虚説を消す働きをする。虚説を許さないことをもって、和解と寛容の徳が無いように思うのは間違いであります。また、虚説を容れることをもって寛容と和解の徳があるように思うのも間違いであります。虚説を排撃すること、いよいよ明瞭であればあるほど真説は明らかに照り、それに照らされて救われる人間もまた多いのであります。>>



マサノブ君は、「今の教え」(個人と国家の救済を捨て、天皇制を否定、世界市民意識への転換を目的として、サヨク唯物論の地球の救済を第一とするマサノブ君のタルムード同然の個人思想)をば“虚説”と断定されること、そして“虚説”として排撃されることがたまらなくイヤであり、感情的に面白くないのであります。



生長の家の信徒さん達は、穏やかな心を持つ人が多いのであります。“調和”第一に“和解と感謝”を最も尊ばれるのであります。この様な信徒さん達から見れば、本流信徒は「総裁先生の批判ばかりしている。そんなところへ行くと気分が悪くなる。」といって、マサノブ教のままで留まっている信徒さんが身近なところにも大勢いらっしゃいます。



そのような信徒さんは、『生命の實相』の重要なところを意識に留めずに読み過ごされているのであります。<< 虚説を許さないことをもって、和解と寛容の徳が無いように思うのは間違いであります。また、虚説を容れることをもって寛容と和解の徳があるように思うのも間違いであります。虚説を排撃すること、いよいよ明瞭であればあるほど真説は明らかに照り、それに照らされて救われる人間もまた多いのであります。>> この開祖・谷口雅春先生の御文章をシッカリ読んで自分の魂の奥底に焼きついておれば、「マサノブ・今の教え」は、虚説であって、“虚説”は排撃されて本来の『無』の世界へ送り込まれて消え去っていくものだと理解して然るべきものであります。



『生命の實相』をシッカリ読んでいないから、「本流」=批判派・分派 となるのであり、“和解と調和の教え”に違反しているという「今の教え」の信奉信徒さんが多く存在していることになるのであります。これ等の信徒さんに支えられることによって「マサノブ教」は何とか命運を保っているのであります。せっかく世界最高の『御教え』に触れたのですから、シッカリト『生命の實相』を熟読して下さい。『生命の實相』をシッカリと熟読して初めて『生長の家』信徒と言えるのであって、ただ自分の病悩苦から救われた、良い信仰仲間のお友達が出来てよかった、信仰行事の雰囲気がとても素晴らしい程度の段階で満足していてはいけないのであります。蛇の如く狡猾な知恵者マサノブ君やその忠実な非・真理の虚説「マサノブ教」の現・役員幹部によって言葉巧みに知らず識らずの内に“茹(ゆ)でガエル”のように洗脳されてしまいますから御用心下さい。



「マサノブ教」の「今の教え」は“虚説”であります。そのまま放っておけば「悪貨は良貨を駆逐する」という法則の通りに本来の開祖・谷口雅春先生の『御教え』は地上より消えて行ってしまいます。かといって、「生長の家」の教えは“大調和”であるから(現象の)「マサノブ教」とも和解すべしと、間違って主張されている信徒さんも大勢いらっしゃいます。しかし、「虚説」とは本来無い説ですから、「マサノブ教」は“虚説”ですから和解しようとしても出来ないのであります。また、神性隠蔽の状態にある現象マサノブ君は、これまた非実在の人間でありますから和解しようも無い訳であります。それならば、「和解の倫理」に従って、マサノブ君の「實相」と和解すべきである、と主張され、マサノブ君の“實相直視”の神想観だけを熱心に長年続けてこられた信徒さんもこれまた多いのであります。しかし、未だマサノブ君の實相は顕われては来ていないのであります。この“實相直視”は、「共産中国」にたいしても、“實相直視”の神想観をしていれば、即ち、「共産中国には日本侵略の意志ナシ」と祈っていれば、「防衛法案」など作る必要はないのである、共産中国は絶対に戦争など仕掛けてこないと主張する生半可な真理ボケをいう人たちと同じであります。



なぜ、“虚”の存在であるマサノブ君や共産中国にたいする「實相直視」の祈りの効果が現われないのか?といえば、“念の力”の強弱、霊界からの“虚”の力の影響力やこの世界に住む人たちの順念・逆念の総合的力の強弱を考慮に入れていないからなのであります。此処のところが、病悩苦の個人に対する場合と、国家・世界に対する場合との決定的状況の異なる点であります。国家・世界に関する事柄の解決に当たっては、「實相直視」を基本としつつも、「實相顕現」のための現実的な力での対処法(“虚”を「無の世界」に追いやる行動)が必要であります。此処のところを間違って、「マサノブ教」の非・真理性を放っておきますと、益々、非・真理「マサノブ教」は世に蔓延(はびこっていく)のであります。



非・真理の「マサノブ教」の排除・反論・撃滅は、単なる“批判”ではないのです。いうなれば、闇に対する光の進軍であります。がから、開祖・谷口雅春先生は、<< 虚説を排撃すること、いよいよ明瞭であればあるほど真説は明らかに照り、それに照らされて救われる人間もまた多いのであります。>>と説かれている所以であります。



「批判」と「虚説の排撃」の意味の違いが分からずに、いたずらに「本流」は批判ばかりしていると見るのは間違っています。その点で、まず「批判」となじっている「マサノブ教」信徒の皆さんは、『生命の實相』を読み返していただきたいと思います。そうすれば「本流」=「批判派」という見方もなくなるでしょうし、「本流」=「分派・別派」という表現の当らないという事がお判りになるでしょう。「今の教え」を説いている「マサノブ教」こそが、「別派」そのものであり、看板は「生長の家」であるが、中味は「マサノブ君個人のサヨク唯物論」であり、信徒の皆様をだましていることがハッキリとおわかりになるでしょう。



「争いごとはキライ、批判もキライ、和解(妥協)が大切」と考えられている「マサノブ教」信徒の皆様、マサノブ君及び「今の教え」は日本国にとっての「獅子身中の虫」であり、「穀象虫」、「寄生虫」的存在であります。「マサノブ教」と「本来の『御教え』」の違いは何処にあるのかシッカリと勉強し治して下さい。是非とも、インターネット「生長の家 今昔物語」の<比較篇>・<神髄篇>・<生長の家本義>のところをお読みいただければ、「マサノブ教」は本来の開祖・谷口雅春先生の『御教え』との違いが分かり、マサノブ君の目的が「生長の家」の完全解体と『御教え』の地上からの抹殺である事がお判りになるでありましょう。

http://blog.zaq.ne.jp/sinseityounoierengou/category/2/ (比較篇)

http://blog.zaq.ne.jp/sinseityounoierengou/category/8/ (神随篇)

http://blog.zaq.ne.jp/sinseityounoierengou/category/41/ (生長の家本義)



開祖・谷口雅春先生は、「日本の国にためにならない『生長の家』なんて潰れたって構わない」とおっしゃっていられました。「サヨク現象唯物論」である「マサノブ教」は信徒の力でいったん潰し、建てなおすべきであります。その為に、われわれ末端信徒はどうすればよいのか。「虚説・マサノブ教」の存在をそのままにして置くことは間違いであります。一般信徒に出来る教団建て直しの方策は、

@ 「聖使命会費」の当分の間の納入拒否をすること。皆様の感謝と善意の心のこもった光明化資金は、マサノブ君はじめ理事参議の宗教貴族生活を支えるお金として使われ、また、株式相場での利ザヤ稼ぎの資金として利用されてしまっています。

A 教化部長のメンツを保つためのみの「講習会受講券」の強制割当買取を全面的に拒絶する事、
大部分の参加者が、タダの弁当を食べ終わると帰って行く事は、マサノブ君の話が参加者の心に何も訴えて感動してもらうものがないことを現わしています。「来年から誘ってくれるな!と却って怒られる信徒さんも多いのであります。」

B 当分は、自分も「講習会」に参加しないことです。「神想観」実習も無くなり、使命行進曲の全員大合唱も無くなり、開祖・谷口雅春先生の聖歌も歌われなくなり、体験談発表もマサノブくんは聞くのがイヤであります。金太郎飴の教義3点セットの辞書的解説と学者マサノブの環境、環境、また環境の話には、参加者の皆様には何の霊的感動を引き起こさせるものもないのであります。



以上の事柄を一般信徒が極力実行して行くにつれ、マサノブ君はやがて辞職して置かざるを得ないときが来るのであります。是非とも開祖・谷口雅春先生の本来の『御教え』復活と日本国實相顕現を目指して参りましょう!! 再合掌







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