生長の家会員の個人サークル

谷口雅春先生倶楽部

谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え

とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教

団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次

のとおりです。

『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ

尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、

処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心

帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』

生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である

谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか

危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に

教団内において正しいみ教えを学んで行きます。

 

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本流がひとつに纏まれないから、ますます生長の家は衰退する。 (7696)
日時:2016年05月27日 (金) 00時04分
名前:天の邪鬼

看板だけ『生長の家教団』は論外。
本流もひとつに纏まれないのは、我欲・エゴの顕れの結果。
雅春先生の教えの継承を唱えても、所詮は【自分が】という【我】が
勝っている。だから、ひとつに纏まれない。
そんなのは、雅春先生の教えの継承者のやることではない。
【我】が強いから、「私が纏めます」という縁の下に徹する人が出てこないのです。
ひとつに纏まれない教えだと解ったなら、誰がそのようなものを信用、信頼するのですか?
「新編・生命の實相」の発行に拘るのも我欲です。
社会事業団が認めれば、日本教文社から頭注版40巻はすばやく発行できます。雅宣総裁の存在が面白くないだけのことでしょう。
生長の灯を待っている人がたくさんいるはずなのに、救済より我欲優先なのです。
寄付金頼みでどうにかなるというのは、本当に安易な発想です。
以前、小額寄付したけど、どのように使ったのか、一切報告はありませんでした。今も寄付金を募っているけれど、具体的な計画の金額見積もりは示されていませんね。
「新編・生命の實相」も何部売れたのか、収支がどうなっているのか、説明報告されていましたか。健全経営されているのでしょうか。寄付金での自転車操業なら、それは教えの実践としては、程遠いものとなってしまいます。



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