生長の家会員の個人サークル

谷口雅春先生倶楽部

谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え

とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教

団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次

のとおりです。

『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ

尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、

処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心

帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』

生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である

谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか

危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に

教団内において正しいみ教えを学んで行きます。

 

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日野智貴君のブログにコメントしてみました。 その7 (7752)
日時:2016年12月05日 (月) 23時58分
名前:HONNE天邪鬼

このコメント欄は、検閲なしが救いであろう。これから先はわからないが・・・。
検閲は情報操作です。自分の気に食わないコメントは載せない。自分に賛同するもの、差しさわりのない意見なら載せる。

かつて宇治のHPにも、総本山のHPにも書き込み自由の掲示板がありました。勉強にもなる良い掲示板でした。
その当時、ネットでは生長の家のごたごたが囁かれていました。今でもそうでしょうが、生長の家の信者さんは年齢層が高く、ネットの情報に疎い。組織は組織防衛のため都合の悪い情報は発信しないから信者は何も知らない、井の中の蛙状態。教団は全て善で、出て行った人は悪口を言う悪者。教団の体質は、今も、井の中の蛙状態。
教団に不都合な情報が掲示板にも当然波及し、組織防衛のため閉鎖。

谷口雅春先生の文章につぎのようなものがあります。

人間は何よりもまず「人格」であるということである。「人格」が人間であるのである。名誉や財産や、その他世間的ないろいろのものは要するに「自分自身」ではなくして、外からの付加物にすぎないのである。外からの付加物がいくら立派であろうと「真の自分」が穢れてしまったならば、自分自身にとって切実に「自分なるもの」を汚してしまうことになるのであって、それは何にもまさる大なる損失だといわなければならないのである。 (略) 長い生涯において、一時は正直者が馬鹿を見るかも知れないが、結局は、終始一貫その「人格」の高貴さを生きてきたところのものは、最後の勝利者となるのである。(谷口雅春著 青年の書 P72〜P73)

幹部でない者を、幹部である記述し、間違いであることが断定しているのに間違いであると認めない人。
信じられない側の人の言うことを、事実か真実かを確かめないでデマと断定する人。等々。
どうなのでしょうね。

投稿: 本音の時代 | 2016年12月 5日 (月) 23時51分
http://nipponkakuryoukai.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-326d.html?cid=114110624#comment-114110624



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