生長の家会員の個人サークル

谷口雅春先生倶楽部

谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え

とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教

団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次

のとおりです。

『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ

尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、

処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心

帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』

生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である

谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか

危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に

教団内において正しいみ教えを学んで行きます。

 

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生長の家の生き方 - 説教する動物 (7843)
日時:2020年01月17日 (金) 22時07分
名前:本音の時代

 それは昭和二十六年の冬であった。網走市の寒い夜、“生長の家”の講演会は地元の会員が熱心に宣伝して、とても盛会であった。講演が終り、幹部の人々は、盛会であったことを喜び語りながら、人の少なくなった会場を掃除していた。そのとき、
「初めて講演を聞きにこられた方が『ぜひ面会したい』と言っていますが、どういたしましょう」
と青年の幹部が言ってきた。会ってみると、六十歳前後の立派な老紳士であった。紳士はさっそく、
「私は青年時代から、古今更西のあらゆる哲学や、宗教を研究してきたものです」
と切り出してきた。私も尊敬の念をもって、
「それは、それは…… それでご用件は何でしょうか。」
「いや、今夜のあなたのお話を伺っていると、万教は帰一であるという“生長の家”の教えは、全くそのとおりで、よく理解ができますが、神一元、善一元の世界であって、悪はないのだという話をされたが、それは私の考えと違うのです。」
 私は、できるだけ、聖典『生命の實相』で読んだ個所を思い出しながら、知っているかぎ
り、“神一元”の世界について話をしたのであったが、
「いや、釈迦にも提婆がいたし、キリストのような方にも、弟子の中で師を売ったユダがいた。天照大神にも須佐之男命がおられて対立したのである。したがって善と悪との対立しているのが、本当の世であり、宗教とは、その中で少しでも善なる日常を多く積み重ねるように説くのが本来の使命である」
 と言う。そこで私は、いよいよ『生命の實相』から外れたことを言わないようにと気を遣いながら、実相と現象の区別を話した。
「あくまでも、神の世界、本当の世界は善一元であるが、現象は心の影であって、善と悪との対立のニセモノであるから、最後には提婆も、須佐之男命も、本来の正しい姿に帰したのです。」
 私も一所懸命であった。けれども、いっこうに相手は承服しないばかりか、次第に威猛高になって、ああ言えばこうと、大声で反駁してくるのであった。そうなると情けないことには、こちらも、いつの間にか、「いっさいを観世音菩薩として拝む」ことを忘れてしまって、“生長の家”の幹部たちが固唾をのんで二人を見ている手前もあり、次第に興奮しながら、熱烈に議論を交したのであった。ついに老人は、
「そんなら“生長の家”も大したことを説いてはいないわい」
 と言ったのである。
「ハッ」として周辺を見廻すと、先刻から“生長の家”の幹部たちが、心配そうに私たち二人の論争を見つめているのであった。
<私の言うことに納得ができなくて、私を攻撃するのならともかくとして……“生長の家”の悪口を>と思うとくやしくて<これは赦してはおけぬ>と心の奥はにえくりかえるようなのだが、口ではできるだけ優しく、
「谷口先生もね、昔はあなたのようなお考えもあって、『神を審く』という小説を書かれたこともあります。が本当の真理をお悟りになられて“神の創り給うた世界には、本来悪はないのだ”という光明一元の信仰を説かれたのです。」
 それなのに、またしても、
「生長の家もそんな程度か」
と全くバカにしたように、立ち去ろうとするのであった。私は、思わず大声で<どなりつけでやろうか>と思ったとき、急に左膝関節が、キューと痛んできた。これは“生長の家”の教えを受ける前に、憎しみと闘争の時代、冬期間、国鉄の駅に寝たりしてストを指導していたころ、病んでいたのであったが、“生長の家”の教えを受けてから、自然にしばらく全治していたのであったのに……。その痛さで、心の中に突如として反省の心が湧き上がってきた。
<左は目上を現わす、と“生長の家”では心の法則で教えている。年齢も相当上の人に対して、私は相手を見下して、最初から心の中に、教えてやるぞという高慢な心があった。それだから、どんなに口では正しいことを言っても、こちらの高慢な心が雰囲気となって感じられて、それで相手はこのすばらしい"生長の家"の教えを受け入れようとしないで悪口を言うのだ>
それが解った。<これは大変なことだ>と気づいた私は“生長の家”の幹部の見ている中でつらかったが、老紳士に向かって、合掌して、
「申しわけありませんでした」
 と心から詫びたのであった。相手も、「ギョッ」としたように振り返って、
「何ですかッ」
と言うので、
「実は、谷口雅春先生は“人間は神の子であって、誰一人悪い人はいない”と教えて下さっているにもかかわらず、私は今まであなたを“わからず屋”だと思って、『教えてやろう』などと高慢な気持でおりました。そこであなたもきっと私の心を感じられて、そのために“生長の家”の教えさえも疑うようになったのだと存じます。誠に申しわけございません。“生長の家”の教えは、絶対にすばらしいのですが、信者である私が至らなかったのです。どうかお許し下さい。」
 真剣にあやまることができた。そのときの心は<谷口先生、お許し下さい。“生長の家”の信徒の皆様、お許し下さい>と、もう一つの心でお詫びしていたのであった。
 どうやら老紳士も、次第におだやかになり、
「万教帰一についての書籍はありますか」
と言うので、玄関付近の聖典頒布所で『生命の實相』の万教帰一篇を、
「どうぞごらん下さい」
と差し出すと、それを求められ、ほかに“生長の家”の聖典を二冊買い求められたのあった。私はホッとしたが、さらに冷汗三斗というような思いでもあった。“生長の家”の教えが、いかに正しくても、一人の信者である私の態度が間違っていたばっかりに、教え全体にまで累を及ぼすところであったのだ。
<それで今夜は、その私の間違いを気づかせるために、この老紳士が、私に観世音菩薩として、現われて下さったのだ。>なんという、いつまでも悟れない神の子であろうか。忘れないはずなのに、いつも大切なことを忘れていて……。しかし、それでも神は、私を見捨て給うことなく、こんなにまでして、魂の向上を導いて下きるのだ。私は感謝一杯で、老紳士の靴を揃え、外套を後から着せかけてあげて、もう一度心からのムロ掌で感謝を捧げた。すると老紳士は、黙って私を見ていたが、
「明朝早くあなたの宿を訪ねてもよいですか」
 と言われるので、承知した。翌朝、七時に私の宿を訪ねてきた例の老紳士は、部屋へ入るとすぐ、
「昨夜は、誠に相すみませんでした。多勢の人の中で、あなたに恥をかかせるようなことを申
し上げて……」
 と、意外にも詫びるのであった。
「私こそ誠に申しわけありません。谷口雅春先生は、指導者になればなるほどいっさいの人の実相を拝むことができる、と教えて下さっておりますのに、あのような態度をとりまして……。それであれから、この部屋に帰ってあなたを観世音菩薩と拝んでおりました。」
「いや、帰宅して『生命の實相』を拝読しました。なんともはや、実にすばらしい本で、感激いたしました」
と言い、またひとしきり宗教諭に花を咲かせたのであった。そのうちに気づいたことは、私は昨夜と同じことを話しているのに、今朝は、相手が全く変わっていて、
「そうでしょうね。いや、そうでなければならない」
 と、すっかり“生長の家”に共鳴してくれるのであった。
 やはり相手は、神の生命において一体なのだから、口先だけでどんなに上手なことを言っても駄目で、こちらの心が本当に感謝の心になり、謙虚に、愛の心で相対したときにこそ、真意のみが通ずるのであった。地方講師という、形の上での指導者になって、いつの間にか、自分で自分に酔ってしまって、拍手をされたり、「よいお話でした」などとほめられたりして、うっかり自分を「偉いものだ」などと慢心すると、それこそ天地がひっくりかえる。こうなると相手は、そのまま従わねばならない言葉にさえ、善だ、悪だ、と言ってみたくなる。神へのへりくだりがなくなって、現象的なほめ言葉に、ついついあがっているときが、地獄へ墜落して
いるときであったのだ。
<あぶなかった。“説教する動物”になり下がっていたのであった。>
 いっさいは神様のおかげであったと、何事も神に還すことが本当なのだ。老紳士と話しているうちに、自分の心の渦巻きが聞こえてくる。老紳士は最後にこう言った。
「昨夜、あなたが、急に『ありがとうどぎいます』と、私に合掌きれたとき、実はドキンといたしました。家へ帰って『生命の實相』を読みながら“生長の家”は本物だ。拝み合う心こそ真の信仰だと悟りましたよ。」
 老人の顔は明るかった。
 私こそ、このとき、ドキンとして、神の愛と、谷口先生のみ教えに限りなく感謝を捧げ、“説教する動物”に堕ちる危険を救い上げて下さった、恵みの光である“老紳士”を拝して、ただ、ありがたいと思うばかりであった。
(菊地藤吉著 「ここに道あり」 190〜197頁)



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