生長の家会員の個人サークル
谷口雅春先生倶楽部
谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え
とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教
団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次
のとおりです。
『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ
尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、
処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心
帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』
生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である
谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか
危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に
教団内において正しいみ教えを学んで行きます。
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反・『御教え』・・・雅宣総裁語録と講評 <第四十二話> (684) |
- 日時:2013年04月01日 (月) 10時15分
名前:信徒連合
< 第四十二話 >
「今日は休日、妻とドライブ・・・炭素ゼロなど考えません。楽しく!たのしく生きます!!」
(『小閑雑感』平成22年5月27日)
「今日は休日、ドライブしてドラエもんパンを買いに・・・」
(『恵味な日々』平成22年5月27日)
<<今日は休日を利用して、妻とのドライブがてらに冬仕様から夏仕様にタイヤを交換した。「今ごろ?」と言われるかもしれないが、時間がとれずにいたからだ。その帰りがけに、20年ほど前に住んでいた世田谷・駒沢の地へ寄った。地下鉄の駒沢大学駅から歩いて7分ぐらいの所・・・>>
<<休日の今日は、車のタイヤをスノータイヤからノーマルタイヤに替えました。 ずっと交換しなくてはといっていましたが、忙しくてできませんでした。 今日はお天気もよかったので、代官山の車の店で交換してもらいました。そのあと、以前住んでいた世田谷区の駒沢の園芸店に行きました。その帰り道、駒沢に住んでいたころ、時々行ったパン屋さんの前を通りました。そこは、夫が子供を自転車に乗せて、ドラえもんパンを買うこともあったところです。 懐かしくて、「ドラえもんパン買おう」ということになりました。 車を止めるところがないので、私だけ降りて買いにいきました。>>
(講評)
当、ブログでも再三再四申し上げました如く、開祖・谷口雅春先生は「私には別荘など必要ありません。私の欲しいのは“時間”だけです」また、「日本の国の現状を思う時、夜も充分に眠れません」そして「日本の国のためにならない生長の家(教団)なんて潰(つぶ)れてしまってもかまいません」と言われたのであります。
これに較べて三代目・雅宣・純子(自称)両総裁の『小閑雑感』・『恵味な日々』の“今日は休日、山荘、ドライブ、映画、外食・・・”との表現について、信徒の皆様はどうおもわれましょうか?この文章が単行本となって講習会でのテキストとなるのであります。
『恵味な日々』では、上記の如き小学二、三年生のごとき日記の書き方であります。そして、普通の人なら毎日の食卓の写真などはやたらには公表しないのに何故ここまでする必要があるのでしょうか?朝食とお弁当(昼食)は紹介されておりますが、夕食の紹介は滅多にありません。(夕食はレストランで肉料理のために掲示できないのでは?と思っている信徒さんの声もあります。)
三代目雅宣・純子さんが率先垂範、本気で炭素ゼロ運動を進めるつもりならば“ドライブ”などと云う表現は慎むべきなのに、平気で堂々と書かれているその無神経さ!環境運動は個人的趣味のお遊びなのか!それも信徒の皆さんからの浄財をふんだんに使っての贅沢な三代目ぼんぼん夫婦のお遊びなのかと云う風にも受け取られています。
憂国の気持も、真剣な求道のこころも感じられず、平成大不況の中で病・悩・苦に喘いでいる人達への思いやりの気持もなく平然と自分たちのセレブ生活をわざわざ披露され続けるこの無神経さ!
いづれにしましても、天下の、嘗ては愛国の真柱とまで言われた吾ら生長の家の三代目の指導者が斯くの如き<セレブ趣味・言行不一致>の指導者であるとは、ホトホト落胆の極みであります。こういったことの積み重ねがあるから信徒から「更迭」の要求が出てくるのであります。<身から出た錆び>ですね!
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