生長の家会員の個人サークル

谷口雅春先生倶楽部

谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え

とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教

団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次

のとおりです。

『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ

尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、

処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心

帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』

生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である

谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか

危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に

教団内において正しいみ教えを学んで行きます。

 

トップページへ戻る

 

↓↓↓ 訪問者数 ↓↓↓

 

名前
メールアドレス
スレッド名
本文
写真

URL
削除キー 項目の保存


生長の家「今昔物語」・霊界篇の再掲示<第四十一話> (744)
日時:2013年04月08日 (月) 13時07分
名前:信徒連合




生長の家「今昔物語」第五篇 霊界篇



第四十一話 輪廻転生について(その5)



<<生命は死を超えて前進する>>




受胎と出生の神秘

(『生命の實相』第9巻・霊界篇上巻P.75−86)


<<受胎後二、三ヶ月間は比較的自由であって、その霊魂が母の胎内につくられつつある自己の「肉の宮」を訪れて来ることはホンの時々にすぎない。

然し時がたち、「肉の宮」の建設が進捗するにつれて、その霊魂はいっそう頻繁にやって来る。彼はつくられつつある自己の肉体に自分自身の特徴を与え、自分の希望をそれとなく鋳込むために――すなわち自己の人格の烙印(やきいん)を押すために来るのである。

妊娠七ヶ月のころになって彼はその小さい肉体に宿ってそこに定住し、その肉体を自己のものとするのである。

それから後は霊魂が脱出することはきわめて稀となる。そして出産の刹那にその霊魂は完全に肉体内に幽閉される。彼が完全に肉体に幽閉されるのは、ただにその肉体なる器官との結合が親密になったからのみではなく、霊魂自身の意識、記憶------等が自分の入ってきた心霊科学(サイコケミカル)的条件によって全く亡失されるによるのである。

 これは一般的法則である。しかしこの法則には種々の適用の相異と、様式の変化とがあるのである。その原因をわれらは研究しなければならない。




低級な霊魂


 ――それはその霊魂自身にとっては偶然に捕らえられる。(換言すればむしろその霊魂自身には不明なより高き力に支配されて宿りきたる)――は、“なまくらに”胎内の幽閉状態に満足している場合もあれば、その反対に罠(わな)の中の革紐にしばられた獣(けだもの)のようにもがきながら出来るだけしばしば、また出きるだけはるかにその肉体の外へ逃れ出ていようとして、ただ、出産前二、三ヶ月間だけその肉体に帰って来るのもある。

こうした相異が起こるのはその霊魂独特の反動作用―――個性すなわち性格によるのである。

しかし、もし彼が自己の「肉の宮」を整え準備するために適当の時期にやって来ないならば、自己の要求に不適当な「肉の宮」を見いだす危険がある――すなわちその構造に整わぬ点がある。換言すれば「肉の宮」とその居住者との間に調和の欠乏が生ずるのである。

(霊魂とその「肉の宮」との間にピッタリしないところが生ずるのは、低級霊の懶惰(らんだ)状態やその反抗状態に起因するのであるが、これは贖罪(しょくざい)のため、または精神生活を洗練し発達させるために、ことさら不完全な親の胎に宿った場合と混淆(こんこう)してはならないのである。)、




高級な発達をとげた霊魂


 時として意識的に自己の祖先とすべきものを選んで受胎し来るのである。

彼は宇宙に「生まれ更り」の法則のあることを知り、その法則が摂理の慈手より出ずる事を知り、我意を放棄して甘んじてそれに従うのである。

なぜ“甘んじて”であるかといえば、<スピリットが物質に同化せられ、意識が無意識の中に徐々に吸収せられてゆくのは苦痛であるからである。>

霊魂が物質の中に同化されるのは、ただそれだけでも試練の火であり、ただそれだけでも時としては、ある霊魂は一段高き進化に値(あたい)するのである。

 すでに述べたことがあるように、死産せる小児の霊魂は、半産して死せる胎児の霊魂と同様に高き進化をとげたスピリットなのである。(レイヌはいう「懐妊七ヶ月以後の胎児には個性ができあがっている。そんな胎児を殺すことは罪悪です。これを殺したものは報いをうけます。」)

 幼くして死する児童の霊魂もまた高級なスピリットである。かかる場合にはその霊魂は全然その肉体の器官に宿りきらないことがしばしばある。彼らは自己の運命をあらかじめ知っているので、自己の「肉の宮」を造るのにみずから骨を折ろうとしないで、その肉体をしてただ動物的営みをなすままに放置する。(かかる場合、その生涯がきわめて短すぎて進化の試練とならないこともある。)

 しかしながら、ここにきわめて稀な場合がある――生まれてもその肉体が少しも発達しないで、痴呆の状態で老齢に入るのである。これなどは前世における非常な過失の贖(あがな)い――恐ろしい罪障消滅法――と解すべきであろうか? 

レイヌは答える。「多分それは罪障消滅法中でも最も辛いものなのです――なぜならこれらの霊魂はスピリットとしての意識が残っているからです。

これらの霊魂は完全に肉体中に這入りきっていないで、霊界にいながらその肉体につながっているがために、スピリットそれ自身としての意識の一部が存していて、そのために鋭い苦痛を感ずるのです。

私たちはこれらの人達に愛を感じ、これらの人たちのためになることをしてあげなければなりません。しかしこれらの人たちを憫(あわ)れんではなりません。――それはその霊魂の苦痛を増すばかりですから。」(以上P.75−78)


 高き進化をとげた霊魂は、みずから意識してこの世に生まれかわって出るのであるが、ちょうど好都合と認むべき親たるものの生理状態を利用して、もしくはあらかじめ親たるものの状態を都合のよいように修正しておいて、自己の希望する性別を選択して生まれ出ることができるのである---------(P.81)




人工授精について


 レイヌは答える――「人工授精が成功した場合は、意識してこの世に生まれ出て来ようとわざわざやって来た霊魂が宿ってくれるのです。それは熟慮して画策された行為です。霊魂自らの選択です―――偉大なスピリットにありがちな意識的受胎です。しかしそれはきわめて稀です。もし人工授精を一般に盛んにやるようになれば、生きた子供の生まれる割合がきわめて少ないでしょう。(P.85)





Number
Pass
SYSTEM BY せっかく掲示板