生長の家会員の個人サークル

谷口雅春先生倶楽部

谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え

とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教

団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次

のとおりです。

『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ

尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、

処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心

帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』

生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である

谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか

危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に

教団内において正しいみ教えを学んで行きます。

 

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< 特報 >  いよいよ「率先垂範」! “森の中の生活”!! (1722)
日時:2013年08月11日 (日) 00時19分
名前:画龍点睛




マサノブ(自称)総裁夫婦は、本格的に「森の中の生活」を率先垂範すべく“引越し荷物の第一回目の搬送”を完了した模様であります。以下、純子さんのブログ「恵味な日々」の概要をご覧下さい。



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平成25年8月7日「恵味な日々」


<< ・・・ この暑さの中、私は今日北杜市に一回目の引っ越しをしました。  1回目の引っ越しというのは奇妙で、正式には9月の末に引っ越しをするのですが、9月は大変忙しい月で、27年ぶりの引っ越しは、ちょっと予想が付きません。 そこで、夏休みの期間に、夏以外の衣類や、日常生活に支障をきたさない家財道具、大きな家具、大半の食器などを早めに移動することにしました。 ここ何日も段ボールに荷物を詰め、一昨日は引っ越し業者の人が来て、荷物を詰めてくれました。 私は家じゅうを走り回って、出すものと置いておくものをお願いし、久しぶりに夕食後は何もする元気がないほど疲れました。 昨日は段ボールや家具の運び出し、そして今朝は6時原宿出発で、北杜市に8時頃着いてトラックの到着を待ちました。  まだ家の中は、段ボールの小山があちこちにあります。 明日からまた気合を入れて、片付けます。 それにしても、人間は物を持って暮らすのだと思いました。 身軽な生活を心掛けたいとつくづく思いましたが、この気持ちが持続するといいのですが。 引っ越し準備に追われる中の、スピードお弁当です。>>



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< 所感 >


@ 都会は欲望に満ちているため、「神の子・仏の子」の道を歩むのは難しい、浪費や消費過多の人間中心主義ではなく自然の中で新しい生活に入る、――なるほど、スバラシイ理想の生活に見えますが、何か一部の恵まれた定年退職者が、老後をリゾート地に立てた別荘で読書や瞑想や趣味三昧のユッタリとした老後を過ごす生活と重なったイメージしか浮かんでこないのであります。ここで、マサノブ夫婦はどのような毎日を過ごすのであろうか? 是非とも報告を願いたいものであります。ポイントは、セレブ族にして始めて可能な生活なのか、一般庶民クラスでも出来る生活なのか、と言う点にあります。


A 引越し先のマサノブ夫婦の住む“家”は、一戸建ての所謂「総裁邸」であるのか、それとも世帯持ち職員用の集合住宅の一つなのか、興味深い所であります。いづれにしても「生長の家」の公舎でしょう。勿論、すべて公費(信徒の浄財)でしょう。


B 「森のオフィス」では、地元住民との約束で“生長の家の伝道活動”はしないとの約束になっていると聞いていますが、さすれば「森のオフィス」は全国・全世界の教化部や教区幹部への地球環境改善保護運動の「中央指令所」と云った役割を担うとところだと思われます。この中央指令所造りと自然の中でマサノブ夫婦が趣味的生活を送るために、総額150億円といわれる信徒の浄財を投入したことに対しては何か割り切れぬものを感じるのであります。


C <私は家じゅうを走り回って、出すものと置いておくものをお願いし、>と書かれているところから察するに、どうも東京の自宅(公舎)はそのままにしておくのでしょう。この辺のところが中途半端なところだと思われるのであります。


D マサノブ夫婦の経済的生活基盤は「信徒の浄財」に全面依存している(マサノブ君は自給自足の生活を送ることではない、と明言している)、しかし、一般信徒たちは自分の経済的生活基盤は自分自ら稼ぎ出しているのであります。後者の人間が前者が示す新文明のモデル生活を実際的に受け入れて実現できるでしょうか? だから、マサノブ君の主張する新文明生活は一部のセレブ階層にして初めて受け入れ可能なものなのであります。だから、マサノブ君の唱導する「自然との共生」の具体的姿は全くの個人的趣味生活であると言えるのであります。


E それよりも、マサノブ夫婦の最大の問題点は、「大聖は街に住んで衆生を済度し、小聖は山に隠れて自分だけの悟りを求める」という宗教本来のあり方とは逆行していると云う事なのであります。大乗仏教を完成させた「生長の家」の『御教え』を小乗仏教に戻して行こうとしている点であります。この批難に対して、マサノブ夫婦は、新しい宗教は衆生救済の更に上の“生命体としての地球”の救済にあるのだ、と主張するであろうが、そうであるならばハッキリと宗教法人「生長の家」と称しないで、財団法人「環境の家」と看板を付け替えしなければ、世間一般を欺瞞する事になるのであります。世間一般や世の中の識者や現在の「生長の家」信徒たちは、宗教の目的は衆生救済が第一であると認識しているのであります。これからは益々、衆生救済が世界的にも重要視され、この意味から言っても宗教の存在意義が高まるのであります。マサノブ夫婦があくまでも、衆生救済よりも地球環境救済の優先を主張するのであれば、一度全信徒を対称としたアンケートを実施して確認する必要が在るのではないでしょうか? 

マサノブ夫婦は宗教の存在目的をはき違えているのであります。信徒の浄財を使ってマサノブ個人の人生目的を実現して行こうとしているのであります。






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