生長の家会員の個人サークル
谷口雅春先生倶楽部
谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え
とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教
団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次
のとおりです。
『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ
尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、
処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心
帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』
生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である
谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか
危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に
教団内において正しいみ教えを学んで行きます。
トップページへ戻る
↓↓↓ 訪問者数 ↓↓↓
早くも見破られた「身分いやしきもの」=マサノブ君 (2731) |
- 日時:2013年12月19日 (木) 19時50分
名前:街の中の信仰者
八ヶ岳山麓1350メートルの「森のオフィス」は連日氷点下、今日は吹雪で積雪常態かも? 自称総裁のマサノブ君も、今月の小旅行(講習会)のノルマから解放され、大いなる閑な時間を“ひねもす”パソコンに向かって、このところの積もりに積もった本流信徒からの突き上げのウップン晴らしに取りかかっているらしく、「身分いやしきもの」というハンドルネームを使って一心不乱に反駁文を書いて、お抱え掲示板といわれている「トキ掲示板」で、総裁の肩書きでは到底書くことが出来ない内容の投稿文作りに余念がない。
しかし、感情にまかせて「初心者」当時よりもズバズバと書くものだから、早々と「身分いやしきもの」=マサノブ君である事がバレてしまい、「バレたところで、こっちの知ったことじぁござんせんよ。」と開き直ってコレデモカ、コレデモカと言わんばかりに書きまくっている。
まず、「身分いやしきもの」=マサノブ君である事を本人自らが認めた。
*「トキ掲示板」<本流対策室>きじNO.4897 :「 でもまあ、たぶん・・・・・貴殿がどなた様なのか、バレてしまったんじゃないかと(笑)」 *「トキ掲示板」<本流対策室>きじNO.4899 :「バレたところで、こっちの知ったことじぁござんせんよ。」
次に、「身分いやしきもの」=マサノブ君が、本音を語っている部分の言葉をぬきだすと――
////////////////////////////////////////////
* 「実相世界の言い当てなど不可能にきまっています。実相世界はそんなに特別な世界なのでしょうか。」
*「実相世界は主客不合一の二元論的世界であり、この意味で実相世界は、いわれているほどの特別な世界ではないと考えられます。「五官は実相である」といっても、なにも特別なことを語っているわけではありません。ただし、ここでいう「実相」とは、実相世界における「実相」という意味です。」
* 「テーマは『実相世界はどんなところか』でもよろしいですが、ただこれはですね、実相世界の内容ではなく、構造のようなものについて議論いたしたいとおもいます。」
* 「わたしがいっているのは、実相世界は平面であるかのようにみえており、そこには流体模様だけがあるようにみえる。流体模様によって創出されているであろう個の要素は、他のすべての個の要素ときわめて複雑に相互作用している、というようなことです。」
* 「病気が治っただとか、人間関係がうまくいくようなっただとか、自分は正しい修行をしているだとか、愛行をしているだとかの事実にもとづいて真理云々ということをいいだすと、かならず信念対立がおきてきて、最終的には、民族紛争や宗教戦争、民族浄化や異教徒殲滅を大義名分とした大虐殺にまで発展することさえあるのですよ。
*「病気が治ったからとか、正しい修行をしているからとかといって、それを特別なこととおもうな、まちがっても真理とはいうな、ということをわたしはいいたいのですよ。どうしても「真理」ということをいいたいのであれば、哲学や現代物理学の関門をまずは通ってみたらどうかというようなことをいいたいのですよ。」
//////////////////////////////////////////
このように、かつての「初心者」と同様、開祖・谷口雅春先生の説かれた「實相世界」というものに、大いなるクレームを「マサノブくん=身分いやしきもの」は突きつけて論争を仕掛けてきている。言うなれば、開祖・谷口雅春先生の『御教え』に対して意識して信徒に疑問を持たせ、クレームを付け、論争を通じて否定したいのだ。
こんな論争をいくらしたところで、現実の病・悩・苦の人々を救うことは出来ない。「マサノブくん=身分いやしきもの」はいままで一度たりとも病・悩・苦の人々を救った個人指導の経験があるのだろうか?ないのである。
われわれ信徒たちは、開祖・谷口雅春先生の『御教え』を理屈ナシに、議論ナシにその全相を信ずることによって、自分自身の病・悩・苦を現実的に解決し、他の人達の相談に乗って、それらの人達の病・悩・苦を現実的に解決した体験を多かれ少なかれ持っている。科学の世界では証明しようのない奇蹟的体験を持った信徒の方々も実に多い。
これが信仰の世界なのだ。議論と論争を信仰の世界に持ち込めば、病・悩・苦の具体的解決は出来ないし、奇蹟的体験も得られないのだ。真の生長の家の信徒は、議論や論争は好まないし、それが本当の悟りへの道にとっては却って邪魔である事をよく承知しているのだ。ただただ、開祖・谷口雅春先生の御著書をそのままの気持で読み続ける、必ず「片栗粉が透明になる一瞬」を信じながらである。これが求道であり信仰なのだ。
「マサノブくん=身分いやしきもの」の如く、開祖・谷口雅春先生の『御教え』に疑問を抱くならば、サッサと生長の家の信仰をやめて行くべきなのだ。
生長の家の信仰者である様な顔をしてそのなかに居続ける必要など何もないのである。イヤなら去るべきである! 唯これだけのこと、簡単な結論に過ぎない。
「マサノブくん=身分いやしきもの」は、最早総裁でもなければ『御教え』の継承者でもない。トットと総裁を辞職し生長の家から去って行き、外の好きなところで自由にいくらでも哲学論争をしたらよいだけのことだ。
イソベ君他の首脳者諸君は一体何をしているのだ。「マサノブくん=身分いやしきもの」は開祖・谷口雅春先生の生長の家をこの地上から抹殺しようとしているのがまだわからないのか?
-
|
|
追記 (2732) |
- 日時:2013年12月19日 (木) 20時03分
名前:街の中の信仰者
先程、次のような発言が書き込まれていましたので追記します。
4966 :身分いやしきもの:2013/12/19(木) 19:47:00 ID:tDxKbxFM
「「日本国実相顕現」。「人類光明化」。こうした言葉に意味などありませんよね。具体的にいかなる状況も指し示してはいませんよね。」
注: とにかく、マサノブ君は「身分いやしきもの」の言葉で、総裁としては書けない自分の本音の考えを書いていることを閲覧者の皆様はご認識いただきたいとおもいます。これが、開祖・谷口雅春先生の『御教え』を否定する彼の心の中の思想なのです。
-
|
|
「身分いやしきもの=マサノブ」君の、本日の『御教え』否定語録 (2744) |
- 日時:2013年12月20日 (金) 22時46分
名前:街の中の信仰者
<言葉には意味はない>?
* 意味が先か、言葉が先か、どちらであるとお考えでしょうか。意味が先にあってそれを言葉で言い当てることができないように、真理が先にあってそれを言葉で言い当てることはできないとわたしは考えます。わたしたちは、言葉という牢獄に閉じ込められた存在であって、牢獄の外の様子をけっして知ることができない。「言葉には意味がない」とはつまりこういうことです。(NO.4970)
* 言葉を介さないで直接的に知覚された真理を瞬時に言葉へと変換するのは、いくら雅春先生でも不可能であるようにおもえます。・・・真理は意味のない言葉でつづられていたということになり、真理もまたほかの事物がすべてそうであるように、牢獄のなかでみえている風景であると考えるよりほかはないという気がいたします。(NO.4981)
* よき言葉をつかえばたしかによき運命が開けてくるでありましょう。しかしそれも言葉の牢獄のなかの出来事でしかありません。(NO. 4984)
<「實相独在・現象なし」は真理ではない>?
*「実相独在」を真理として受け取ることはできない・・・られないでしょう。現象とはなにかさえ定義できないのですよ。つまりは決定不可能なのです。決定不可能なものがなぜ「ない」と言えるのですか。「実相独在、現象はない」。これは「宇宙エネルギー」のたとえとおなじ構図です。決定不可能であるにもかかわらず、人はわかった気になって反応するのです。(NO. 4994)
<「日本國實相顕現」は単なる高揚感情>?
* 「日本国実相顕現」・・・「純粋なる意味」に陶酔し、高揚感を味わおうとしているにちがいありません。(NO.5004)
-
|
|
「身分いやしきもの=マサノブ」君の、本日の『御教え』否定語録 (2751) |
- 日時:2013年12月22日 (日) 00時12分
名前:街の中の信仰者
<「實相世界」についての反・『御教え』解釈――開祖・谷口雅春先生のお悟りの否定>
* 実相世界――「無限の素晴らしいアイデアがある」だとか・・・「善のみ」というのもナンセンスということですね。無限定で無限に変化する世界が「善のみ」に限定されるはずがありません。(NO. 5019)
* 実相独在を悟られたのかということです。雅春先生は、4次元時空連続体と霊界での体験はおありでありましたでしょうけども、それ以外の世界についてはいっさい体験しておられたはずがありません。なのに、そういう未体験の世界の存在をいっさい考慮にいれられることもなく「実相のみがある」とされたのであれば、いかにそれが天啓であろうとも、説得力には欠けるのではないかということをもうしあげております。「実相世界とはこういうものだ」といってのけることは、ますますできなくなってしまいます。(哲学論争板NO.15)
<唯一絶対神の否定>
* 第一原因がひとつだけというのは、なぜいえるのでしょう。第一原因が複数ということもありえますね。無限の数の宇宙が存在するかもしれないとされる現代にあっても計画者はただひとりであるとお考えなのでしょうか。(哲学論争板NO.15)
<開祖・谷口雅春先生のお悟り――絶対実在の絶対認識の否定>
* 体験されたとする証拠が必要となりましょう。証拠がなければ、体験されてはいなかったとみなしたところで、これを批判されるいわれはありません。(哲学論争板NO.18)
-
|
|
「身分いやしきもの=マサノブ」君の、本日の『御教え』否定語録 (2762) |
- 日時:2013年12月22日 (日) 22時38分
名前:街の中の信仰者
< 「實相世界」を信じない >
* たしかなことはいえないにしても、このことにかんしてもしかしたら、雅春先生は重大なまちがいをおかされたのかもしれません。こうしたまちがいによって、実相世界の理解がはなはだしく困難なものになっているということをわたしは感じています。・・・本流をはじめとする人々は、はたして真理にかんするご自分の考えを述べてこられたでしょうか。雅春先生の言葉を自分の考えとして語っているだけでしょう。(NO.5052)
* 実相世界は、みなさまが考えておられるほどには大げさな世界ではありませんね。以前は否定していましたが、どうやらDブレーンが実相世界であると考えてさしつかえないようであります。( NO. 5073)
< 屁理屈の見本 >
* 「現象とはなにか」現象という言葉でさえ、それを決定するのは不可能であったのです。決定できないものを「ない」ということにいかなる意味があるのかといえば、それによって人が救われるという意味だけがあります。「現象はない」という言葉は「現象がないということがわからないのは迷いだ」ということを言うためにあるのではないということです。(NO. 5065)
< 「生長の家」信仰者への侮辱 >
* 宗教がいかにして人を傷つけるか。その手口をわたしの周囲の方々にお見せすることで宗教の実態をわかっていただく(NO. 5082)
* 自分たちだけが絶対的に正しいと信じる宗教とはおそろしいものですよ。正しいがゆえになにをやってもよいと考えますからね。生長の家でさえみてのとおりのありさまです。これが神を信じる者のやることかというよりも、これが神を信じる者がやることだと考えるのがふつうでありましょう。(NO. 5085)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「身分いやしきマサノブ君」へ
@ 『生命に實相』には< 仏典を論ずることと仏の教えを悟ることとは異なる。本当の悟りの世界へ飛び込もうと思うものは、語学や考証の世界を一躍して「久遠を流るるいのちとしての釈迦・キリスト」そのものの中へ飛び込まなければならないのです。> と書かれている。換言すれば、<本当の悟りの世界へ飛び込もうと思うものは、理屈や議論を一躍して「久遠を流るるいのち」そのものの中へ飛び込まなければならない>と云う事である。
A 「身分いやしきマサノブ君」は、求道者・信仰者ではなく、議論好きな評論家に過ぎないと云うことである。君のおかげで、多くの信徒に「本物の生長の家」がどんなものかを逆に判らなくしてしまっているのだ。これは「今の教え」(マサノブ教)が犯した決定的な罪なのだ。
B 「身分いやしきマサノブ君」は、生長の家真理によって、医者では治せぬ病気に悩み苦しんでいる人を一人でも救って上げた経験があるのか? 救う実際の力もないくせに宗教的真理による救済を否定し、屁理屈議論だけは好んで仕掛ける。そんなに宗教や信仰そして霊的真理に疑問ばかりを持ち、懐疑的になって行くばかりなら、君は宗教界や信仰の世界に身を置くべきではなく、外部で独立して宗教評論家になればいいのである。君は、「生長の家」には全く不必要な人間だ。此処まで言われても、まだ居座って「生長の家」の『御教え』批判を続けるならば、君の目的とするところは「生長の家」を地上から抹殺する為である、と云う事になるのだ。
-

|
|
(2800) |
- 日時:2013年12月27日 (金) 13時55分
名前:通りすがりの九州方面の信徒
>*「病気が治ったからとか、正しい修行をしているからとかといって、それを特別なこととおもうな、まちがっても真理とはいうな、ということをわたしはいいたいのですよ。どうしても「真理」ということをいいたいのであれば、哲学や現代物理学の関門をまずは通ってみたらどうかというようなことをいいたいのですよ。」
哲学や現代物理学の世界で語られたら良いと思います。 ぜひ苫米地英人さんあたりと対談して欲しい。
苫米地英人さんは学者ですが天台宗の僧籍を持つ僧侶でもありますので。哲学や現代物理学の世界を通って真理を語るとどのようになるのか、ぜひ実践してみて欲しいものです。
そうなると、宗教としては、なんら衆目に伝わるものがなく。学者としては、注目された研究結果もない方は、なにも秀でたものを表現できないかもしれませんが。
「身分のいやしくもの」が雅宣総裁でないことを祈ります。
-
|
|
身分いやしきもの氏は総裁ではないと思います。 (2801) |
- 日時:2013年12月27日 (金) 17時38分
名前:通りすがりの九州方面の信徒
気になっていたのですが、「身分いやしきもの氏は=雅宣総裁ではないようだと思われる節を一つ見つけました。
”クライエント”という言葉の用法についてです。
雅宣総裁は、”クラアント”としか書かれないのです。
唐松模様のブログをGoogleのサイト内検索で”クライエント”という文字列で追ってみました。
”クライエント”という文字例。1例だけヒットしました。これは他人の著作からの引用において使っています。
しかし、自ら書かれる場合は”クライアント”のようです。 ”クライアント”であれば、3例ヒットしました。
しかしながら、身分いやしきもの氏は、同じ文章内でいくども”クライエント”というカタカナ語の用法を使われています。
これだけを取って「身分いやしきもの」氏は雅宣総裁ではないとは言えないかもしれません。
ですが、雅宣総裁は近代物理学と哲学の話も時々されますが、それよりも増して脳科学と自然科学の分野の話を引用されます。
対象になっている身分いやしきもの氏との議論においても、雅宣総裁であるならば脳科学や自然科学についての例えを持ち出すのではないでしょうか。
ところで、身分いやしきもの氏が、あえて”身分いやしきもの”と名乗るのですか、彼は総裁ではなくとも、”身分のいやしくない者”だとは思います。議論にあえて聖典からの引用はありませんでしたが、聖経からのニュアンスの拝借は多々ありましたから、聖経は間違いなく読んでいる人だとは感じますが。
-
|
|
肝腎な点は・・・ (2809) |
- 日時:2013年12月28日 (土) 14時05分
名前:公平なる観察者
「身分いやしきもの氏は=雅宣総裁ではないようだと思われる節を一つ見つけました。“クライエント”という言葉の用法についてです。・・・」と書かれていますが、掲示板では複数のハンドルネームで言葉遣いや表現方法を変えると同一人物でも、別人の様に印象つけることが可能であります。問題は、名前よりも、そこに書かれている内容に注目しなければならないのです。
内容に注目すれば、いかに名前や言葉遣いを変えても同一人物である可能性が非常に高いことになります。だから、マサノブ君“本人”もしくは彼の意を受けた“代理人”(影武者)だと考がえることはきわめて妥当な考え方であります。
この掲示板でも書かれていた如く、マサノブ君が本人でなく、そのように思われることが迷惑であり、腹立たしく思うならば、マサノブ君自体が自分で「本人であるように推測される投稿文はやめてもらいたい」と書き込むべきであり同時に「トキ管理人」氏に、そのような迷惑投稿者を投稿禁止にするべく依頼をなすべきであります。そして同時にマサノブ君は自身のブログ「唐松模様」に「○○という投稿者は自分ではありません。よって、・・・の処置を掲示板管理人に依頼しました」と明言すべきであります。
「トキ掲示板」にも問題があります。それは、「雅春先生とその教えを批難・否定する投稿を禁じる旨を規定しながら、マサノブ君および影武者たちには何の注意をするわけでもなく、掲示板規則違反にかかわらずフリーパス状態であります。特別待遇者の印象をあたえています。だから、○○○○=マサノブ君(又は影武者)というように憶測されても致し方が無いのであります。
-
|
|