生長の家会員の個人サークル

谷口雅春先生倶楽部

谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え

とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教

団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次

のとおりです。

『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ

尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、

処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心

帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』

生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である

谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか

危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に

教団内において正しいみ教えを学んで行きます。

 

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「初心者」はかくのごとく生長の家の『御教え』を否定する! <その16> (361)
日時:2013年03月07日 (木) 15時40分
名前:四万十分析官



「初心者」という人物は、「トキ掲示板」において下記の如く生長の家の『御教え』を否定しているのである。「トキ掲示版」規約には「基本的に生長の家の教義と谷口雅春先生の説かれた教えを支持、共鳴する人のためのサイトです。生長の家と谷口雅春先生へのご批判をされる内容の投稿はご遠慮下さい。」と書いてあるが、一連の「初心者」と名乗る人物は、この投稿規約に反する投稿を続け、管理人氏も未だに一回も注意を与えていない。「初心者」と「トキ掲示板」との関係は主従の関係にあり、この様なところから「初心者=雅宣総裁」と言われているのである。そして、雅宣総裁としては、決して公の“総裁”としての立場では言いたくても言えない開祖・谷口雅春先生への反逆の「本音の思想」を「初心者」なる名前を使い、思う存分吐露し続けているとも考えられるのである。この意味からでも、彼のやり口は宗教家として非常に卑怯そのものであり、“総裁更迭”に十分に値するのであり、信徒はもっと声を大きくしなければならないのである。

以下、生長の家の『御教え』を否定する「初心者」なる人物の投稿を転載させていただき読者のみなさんの判断に供するものである。



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「トキ掲示板」より


156 :初心者:2012/07/12(木) 20:52:28 ID:TfQ0e6RA

生長の家に「しみじみとした、信仰のよろこび」や「深く、味わい深い信仰の境地」はなかったってことが、今やこのような形で露呈されてきてるの。「しみじみとした、信仰のよろこび」や「深く、味わい深い信仰の境地」にひたってた人たちが、本流を名乗り、あのように悪しざまに人の悪口を書きなぐるというような真似などできるはずがないでしょ。・・・批判するなら真理を語れ!


236 名前:初心者 投稿日: 2012/07/15(日)12:44:21 ID:TfQ0e6RA

わたしが雅春先生に抵抗するのはなぜかといえば、愛の行動によって実相が完全にあらわれきり、それによって非自己が自己へと回帰すれば、それでゲームセットだからです。現象世界をこよなく愛するわたしとしては、ゲームはおわらせたくない。よって、「愛の行動」にも「実相顕現」にも徹底抗戦するという新手のロールゲームを演じ続けるしかないのです。こう見えてもわたくし、現象世界への愛という有機的な思いをかかえ込みながら、生長の家というゲームセット画策集団に反旗をひるがえしておるのです。



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<問題点>


@ 「初心者=雅宣総裁」は、副総裁就任以来20年という年月を掛けて“絶対権力体制”を確立し、ピラミッド型の組織を造り上げ、全信徒が自分に服従すると予測したのである。しかし、当初はうまく行ったかのごとく見えたが、雅宣総裁から“谷口雅春原理主義者”として烙印を押された側の信徒たちは猛然と反撃を開始した。そして、今や雅宣教団は基本聖典『生命の實相』・聖経『甘露の法雨』を失った。雅宣総裁にとってはこれは予測せざることであった。「今の教え」に対するその非真理性がインターネット掲示板で指摘され、それを首肯する信徒も増えて行った。雅宣総裁にしてはおそらくムシャクシャする感情が起きて仕方ないのであろう。そのウップン晴らしとして、「初心者」なるハンドルネームを使って、そのウップン晴らしをこのようにして書きなぐっているのである。<批判するなら真理を語れ!>相当なご立腹の様子が見て取れるではないか。まさに「初心者=雅宣総裁」である。


A 「初心者=雅宣総裁」は、『生命の實相』を熟読していないのであるから、自分および「今の教え」が“批判”されているという。しかし、「初心者=雅宣総裁」は「今の教え」が開祖・谷口雅春先生の『御教え』を基準に見れば“虚説”であることがわからない。だから“批判されている”としか受け取れないのである。“批判”ではないのである。“虚説の摧破”である。素直な気持で、海綿が水を吸うが如く『生命の實相』を再読・再々読スベシ!


B 「真理」を生きるものは、「しみじみとした、信仰のよろこび」や「深く、味わい深い信仰の境地」に常にあっても、状況の変化に応じ、時には不動明王の姿となることも必要である。共産中国が日本の領土を一方的に侵奪して来たとき、<日本の領土は日本人だけのものではございません>と易々と侵奪を受け入れ、共産中国の奴隷状態に祖国を置くことは、決して真理を悟った人の取るべき態度ではないのである。真理を悟った人こそこの様なときには敢然と立ち上がらなければならないのである。それと同じく、開祖・谷口雅春先生の『御教え』が換骨奪胎されて非真理なる「今の教え」に侵奪された現状においては、開祖・谷口雅春先生の『御教え』守護のために、本流信徒たちは不動明王の姿とならざるを得ないのである。


C それにしても、「初心者=雅宣総裁」は、明確に <雅春先生に抵抗する> と書いている。生長の家の本来の『御教え』に対する宣戦布告である。さらに <「愛の行動」にも「実相顕現」にも徹底抗戦する> とオクターブを上げている。この様な「宣戦布告文」や「徹底抗戦文」を雅宣総裁以外の人物が書くだろうか? たとえ書いたとしてもその人間にとっての現実的利益には一切繋がらない。とすると、やはり「雅宣総裁」のみが書き得た文章であると言う事が出来るのである。やはり、雅宣総裁の開祖・谷口雅春先生に対する深層意識内のトラウマは想像以上に強烈なものである事が解るのである。


D 更に聞き捨てできないことがある。<愛の行動によって実相が完全にあらわれきり、それによって非自己が自己へと回帰すれば、それでゲームセットだ。ゲームはおわらせたくない。>――この言葉は明らかに「人類光明化運動」に対する完全否定のことばである。「初心者=雅宣総裁」は生長の家真理によって病悩苦から解放された人々の歓びを一緒になって喜んであげようとする気持は微塵もなく(だから、信徒の体験談を無視する)、更なる病悩苦の出現を待ち望んでいるように見えるのである。現象世界の阿鼻叫喚を楽しんでいるのではないか? ここまで来ると「初心者=雅宣総裁」は常軌を逸した異常性格者である。彼は「人類光明化運動」を一種の“救済ゲーム”と捉え、みずからはそのゲームに加わらずにスタンド席に座ってアレコレと評論を楽しんでいるのである。生活を死ぬまで保障された地位にいる“セレブ雅宣”にして出来ることなのである。


この様な「総裁」は「総裁」に非ず! 速やかなる「総裁更迭」を全信徒の力で成し遂げなければならない。茶坊主の理事、参議、教化部長、本部役員は高給を失うまいと保身一途である。残るは一般信徒の力のみ、聖使命会費の一時的奉納拒否と講習会受講券の買取拒否を拡げていくのみ!!






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