生長の家会員の個人サークル
谷口雅春先生倶楽部
谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え
とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教
団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次
のとおりです。
『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ
尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、
処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心
帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』
生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である
谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか
危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に
教団内において正しいみ教えを学んで行きます。
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復習: 聖経『甘露の法雨』の奇蹟 (22) (531) |
- 日時:2013年03月19日 (火) 10時18分
名前:ハスの華
合掌、ありがとうございます。 < 小は個人の病を癒し、大は国家の病を癒す > といわれて数えきれないほどの奇蹟が生じた天来の聖経『甘露の法雨』も、今や三代目の雅宣総裁は捨て去り、自分の頭で考え出した人間罪の子意識による「大自然讃歌」・「観世音菩薩讃歌」に置き換えようとことを進めております。果たして雅宣総裁の新・聖経?は『甘露の法雨』を凌ぐ奇蹟を生じさせるでしょうか? この際、これまで生じてきた『甘露の法雨』の奇蹟の数々を復習する事は大変意義のあるところであり、ニュー信徒さんにも認識を新たにして頂きたいと思います。
なお、『甘露の法雨』がどうしても手に入らない方々は、(株)光明思想社 TEL: 03−5829−6581 へ申し込めば手に入ります。また、末端の誌友会では、まだまだ『甘露の法雨』による地方講師の指導が依然として自信を持って行われておりますので、奇跡的な結果も指導を受けた信徒さんの身の上には起っていることも沢山あります。其の際には、間違っても「大自然讃歌」・「観世音菩薩讃歌」による奇蹟だとすりかえられないようにご注意願います。
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聖経『甘露の法雨』の奇蹟(22)
上顎骨の癌が突然消える・・・
新講『甘露の法雨』解釈(p.350−356)
昭和四十年五月二十三日、岐阜市民センターで生長の家の講習会が催うされました時に、大垣市荒尾町瀬古の伊藤三郎氏が次の様な体験を話されました。
『私は昭和二十一年に復員しましてから、今から丁度、二十年前に酷い胃腸病に罹りまして、その時はまだ生長の家を全然知りませんでしたけども、友達にすすめられて一晩、大垣の細川先生のお話を承ってその時は“分かった様な分からない様な話だなあ”と思って帰りましたら、二、三日経って気がついたら胃腸病がすっかり治っておりまして、今はご覧の通りよく肥っておりまして、その後胃腸が悪いということは余り思ったことはありません。
けれどもその時は“有難いなあ”と思ったけれども段々忘れてしまって・・・今日聞いて頂こうと思って上がり(登壇)ましたのは、家内の病気のことでございます。・・・先日退院したばかりの話でございまして・・・
実は家内の右の顎が去年の秋から痛みはじめまして、地方のお医者さんではどうしても分かりません・・・総合病院へ行ってくれと言われまして・・・診察をして下さったA博士は・・・「奥さんの病気は癌だ。・・・手術はとても出来ないと思う」と、こう言われたんであります。・・・で、驚いて、まあ恥ずかしい事ですけども吃驚しまして、生長の家をすっかり忘れてしまったんです。・・・
姉と私が付き添って入院しました。・・・主治医のNせんせいは「奥さんの病名は上顎癌に間違いなかろう・・・手術の結果は決して期待をしてくれるな」とこう言われました。
退院してから分かったのですが、姉は別に内緒で呼ばれて「主人に話してくれるな、実は三十代で上顎癌で入院したのはお宅の奥さんが三人目、前の二人は手術をして間もなく亡くなっちまった。若いほど危ないんじゃ、そういうもんや、これは決して主人や本人には話してくれるな、あんただけ承知しとってくれ」と言われたそうです。
その時に、入院の時に、これではならじと思って、あの−生長の家を思い出したんです。それで二十年前に友達に貰いましたビリビリの、生長の家のビリビリの“アレ”を、お経さんの「甘露の法雨」の終ひについたのを以って入院しました、これだけ持って。
そして、手術がどうぞ成功するようにと思って、一所懸命に御経を誦げたり、あの−「甘露の法雨」を誦げたり、我流の神想観をしたりしてやっとりました。そして十六日になって、昼から夕方までかかって手術を受けました。
もう頼むのは生長の家の神様だけやと思って、一所懸命お祈りしました。・・・一月下旬になって・・・家内が「今日、実は主治医さんが“このカルテ持って早いことコバルトへ行け”と言われた。・・・カルテを読んだら一番新しいとこに“遂に・・・”何や知らん横文字で書いてある・・・」と言うんですね。・・・
「“ついに何か知らんを発見せり”と書いて感嘆詞が書いて、下をチョチョチョチョと線が引いてあった・・・」と言うんですね。・・・素人で私たちで何もすることがないし、この時とばかりに、二十年前にはあんなひどい胃腸病を治して下さったんじゃないかと、決して見棄てなさる筈はないと、もういっぺん親子四人のあの生活に返して貰えると言う事を信じて、一所懸命に「甘露の法雨」を誦げたり神想観をやったりしたんです。
二月上旬になりまして、部長回診というのがありました。ここの病気は、悪い時には手術のあとへもう一遍出るんだそうです。で、再発しとると主治医さんが部長さんに話された。・・・
部長さんはここを鏡でこうやって見ながら「経過いいじゃないか、なにもあらへんじゃないか」といわれたんですね。そいで主治医さん変な顔して“そんな筈ない”というような顔をしておられた。「こんなもの!経過良好や、この患者にはコバルトの必要ない・・・」と言われて部長回診は終わったそうです。・・・
それから体重も六キロほど減っておりましたのが、ずんずん肥り出して、処置のたんびにどのお医者さんに診て貰っても「傷口がきれいだ」「傷口がきれいだ」というて褒めてくれまして、もう後は整形だけになりまして・・・「もう何もすることがないで、早う出て行ってくれ、ベッドが混んどるんで」と言われましたので、四月二十八日に退院と決まりました。
それで、主治医さんの所へ礼に行きましたら、主治医さんは「奥さんの経過は非常に良好で、今診た所では再発のご心配は全然ありません。おめでとうございます」と言われまして帰って来ました。・・・』
この体験談で注意すべき点は、手術をせられたN博士が明らかに癌の再発を認め、コバルト60の照射を必要と宣言せられた。それから部長が回診のある時までの短い間に、『甘露の法雨』読誦と神想観とでその癌の再発が消えてしまっていた実例であります。まことに観世音菩薩の澍(そそ)ぎ給う『甘露の法雨』の功徳は無限であります。>>
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