『咎人戦騎』 https://ncode.syosetu.com/n1110em/
全てが憎かった。
胸中で憎悪の蛇が、蜷局(とぐろ)を巻いている。果てしもない憎しみが、どうしようも無く心を焼いていた。深く濃い闇が憎しみと共に、昏く淀んだ心に、澱(おり)の様に沈んでいる。粘着質な執念にも似た憎しみの感情が、幸男の心に纏わり附いて離れない。
暗闇を懐中電灯で照らしながら、幸男(ゆきお)は工場内を歩いていた。無機質な足音だけが、闇に木霊している。寒気(かんき)が肌を冷やしていたが、幸男の額には汗が滲んでいた。暑い訳では無かった。吐き気がする程に忌まわしい記憶ばかりが、心を彩っていた。
今朝、工場長に三行半を突き附けられた。幸男の脳裏を、永井の言葉が蘇っていた。
――もう、明日から来なくて良いから。
見下した様な薄い笑みを浮かべながら、工場長の永井はクビを謂(い)い渡してきた。
其の時に、永井を殺してしまいたいと思った。四肢を八つ裂きにして、腸(はらわた)を抉り出してやりたい。押し寄せる憎悪。滾る想いを直隠(ひたかく)しながら、心を押し殺した。
幸男は脅えた様な、困惑した様な、そんな視線を泳がせている。抑え難い殺意を内に秘めながら、其の感情に気付かない振りをした。そうしなければ、気が触れてしまいそうだった。
――お前みたいな役立たずは、死んだ方が良いんじゃないか?
生ゴミでも見る様な永井の眼を見て、憎悪に殺意の炎が灯るのが解った。殺してしまいたかった。幸男の懐には、常に彫刻刀が隠されていた。持っていると、心が落ち着くからだ。其の彫刻刀を遣(つか)って、永井の喉を裂いてしまいたかった。滅多刺しにして遣(や)りたかった。
――何だよ、其の目。俺が殺してやろうか?
幸男の胸倉を掴み上げながら、永井は声を低くする。
周囲の嘲笑の声。
冷やかな視線。
其の全てが、憎かった。怨めしかった。周囲の人間を、鏖(みなごろし)にしてしまいたかった。
吐き気がする様な腐った空気が、幸男の感情を激しく狂わせる。そんな狂気を無意識の内に押し込めて、幸男は涙を浮かべていた。
逃げる様にして、幸男は家路に着いていた。
幸男は永井への復讐を誓った。
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