生長の家「本流復活」について考える(続したらば版)

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一隅を照らす、これすなわち国宝なり 【最澄】 (22461)
日時:2020年01月20日 (月) 02時08分
名前:トキ

 先日、教区の内部資料を見る機会がありました。結果は惨憺たるもので、あと数年以内で活動が事実上、停止になることが予想される内容でした。

 にも関わらず、本部から来る文章は、電気自動車の支援とか、災害時の協力体制とか、全然、ピントが外れたものばかりです。

 それ以上に不思議なのは、普通、ここまで数字が落ちたら、戦略的な見直しをしなければならないのに、それをする姿勢が微塵も見えないことです。壮年層の拡充と言っても、私の知る壮年層の多くは現在の本部方針などハナからバカにしていますから、壮年層が増える見込みはありません。

 そうなると、どう言う姿勢が大事か、と言う疑問があります。個人でできることは限られるのも事実です。

 私は、このような場面では、

一隅を照らす、これすなわち国宝なり 【最澄】

と言う言葉が最適かと思います。道徳再武装運動の人たちが、

「暗闇を嘆く良い、自らが1本のローソクになれ」

と言っているのも似たようなものかもしれません。

 教団という巨大な流れがある以上、これを個人で左右することはできませんが、自らが行いを正し、谷口雅春先生の弟子たる姿勢を保つことはできると信じます。

 ふと、思いついたので、書いてみました。

最澄を待つまでもなく、生長の家を待つまでもなく、神武天皇より大御宝(神の子)とされているのが日本人であり建国の理念であります (22465)
日時:2020年01月20日 (月) 18時09分
名前:風鈴

神武天皇は「この国の民は《大御宝(おおみたから)》である」と語られた橿原の地(奈良)は、日本の国が生じた所です。

何が生じた所かというと、神武天皇(初代天皇)が「この国の民は《宝》である」と仰ったところです。国を結んだから美しいのではなく、この国の一人一人が《宝》であるということが大切なのです。

日本の国の始まりは「この国の全ての人が《宝》である」というところから開いた国なのです。
誰一人、価値の無い者、無駄な者は、いないのです。皆《宝》なのです。

日本の国は、神武天皇が橿原の地で「大御宝(おおみたから)」と語り掛けられた。だから、《国民は宝》なのです。

皆さんは、日々《宝》として生きているでしょうか?どういうことかというと、「自分は駄目だ。自分は何もでき無い。能力が無い」等と言ってはいけないのです。

《宝》なのですから。《宝》としての仕事をする事。

《自分が宝である》ということを自覚したら、何をなすべきか、というと:自分の目の前の方を《宝》だと思う事です。

自分の家族、友達、それは人間だけではありません。あらゆるものが《宝》なのです。
‶この自然も宝‶海も宝‶仕事も宝≠らゆるものが《宝》であることを念ずることです。

自分の周りの方を《宝》と思って言葉を掛けてあげて下さい。《宝》として、言うべき言葉を掛けて下さい。

日本人は、建国の時、「国民は、皆、‶大御宝=vと、語り掛けらました。

でも、‶大御宝≠ヘ、日本人だけでなく、神様は、地球上の《全ての生きとし生けるもの》を‶大御宝≠ニ、大切に思って下さっていることは、絶対に間違いないと思います。

その、‶大御宝%ッ士が、何故、争い合っているのでしょう?

毎日「地球上の全ての人々の上に平安が訪れますように」と、平和を祈りながら、考えています。

   http://masa-kagawa.cocolog-nifty.com/yasasii_hikari/2015/11/post-1d51.html より

父母への感謝、夫婦の調和、一曲の歌の力 (22467)
日時:2020年01月20日 (月) 19時57分
名前:風鈴

日本人は子ができると『子宝』として尊びました。
小林幸子の「雪椿」を聞きながら幼い時からの記憶を呼び起こしますと、父母が如何にありがたいか感じます。
生長の家の教え以前に日本人の心に流れている「親の情」を感じます。
https://www.youtube.com/watch?v=6DpyOSKTzwQ

*子供の頃より涙もろい「べそっかきの三郎さん」である私が、この唄を聴いて思わず涙が頬に流れるのを感じたのが、この曲をYouTubeにアップするきっかけとなりました。
*雪つばき 情感が伝わってきます。 情景が瞼に浮かぶ曲です。 歌っている村上幸子さんの優しい心根がしみます。
*心の奥に響きます。涙がでてきます。もっともっと、元気で歌ってほしかったです。
*幸ちゃんの歌は 涙が出て 人のいるところでは 聞くことはできません
*不如帰しか知りませんでした。こんなに心をうつ歌がありましたか。
*何かい聞いても心に残る歌です聞いていると生きる喜び与えてく出ます
*我々新潟県人は二人の幸ちゃんを応援しています。そこで「どちらがより越後女らしいか」と問われれば、間違いなく大方の人は村上幸ちゃんの方を挙げると思います。彼女は心根が優しく、控え目ながら芯の強い女性だからです。

これは村上幸子の「雪つばき」への感想です。
夫婦の調和の説教より、互いの思いやり、尽くす気持ちが痛く身に沁みるでしょう。

宗教を云い最高の教えと云いつつ諍いの心を持つ、そんな宗教より余程人の心をよくするでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=pALTW_Ffw2g









一曲の歌が人生に希望を持たせ、政治の歪みを指摘する (22468)
日時:2020年01月20日 (月) 21時37分
名前:風鈴

*今日もまた聞きました 何時も自分に置き換えて 聞き歌っています二人で頑張って生きて行く姿最高です

*私は昭和36年生まれで、親が聞いていたのを聞いていた世代です。ロマンチカの唄にはなぜか灰色の空や灰色の海の景色を想い浮かばせられますが、だからこそ魂にしみる唄という感覚を今でも感じます。じっと耐え忍ぶイメージではありますが、暗さというより、「辛抱」や「我慢」を乗り越えた先には希望があるという勇気を与える「光」を感じます。

*何度も聞き返して聞く、心にしみる良い歌だ。画像を見て、国鉄民営化の掛け声の元での地方切り捨て、国鉄労働組合解体の政府の狡猾さ裏切りと切り捨てられた労働組合員、組合員の家族の悲哀さが伝わってくる。開拓者の血と汗と命の北海道が外国資本、特に中国資本に買いたたかれていると昨今聞く。憤慨、怒りを禁じえない。多くの国民は望まない自民党の改革だったと思う。凍てつく北国の人々の心の伝わる名曲だと思う。

*同感です!兄が国鉄でしたが出向という切り捨てに遭い寂しい人生を送っております。

*同感、民営化の失敗です、犠牲者北海道道民。

*本当にそのとおり、北海道だけは国営で良いのでは

*もう一度国鉄に戻して欲しい!

*今の国会も国民無視の政策ばかりです。その附けが消費税値上げにになってます。郵政省の民営化も大失敗ですね。保険事業は国民を騙す酷い会社ですね。みんな、何を信用していいかわかりません。日本も終わりです!!

  東京ロマンチカ「北国の町」  https://www.youtube.com/watch?v=SSJyQG0aEJk の感想より




湖底の故郷 (22488)
日時:2020年01月23日 (木) 09時24分
名前:風鈴

https://www.youtube.com/watch?v=wCVoAG6asRI&list=RDT3rZT4gjMoQ&index=11

東海林太郎が歌った「湖底の故郷」
1.夕陽は赤し 身は悲し      
涙は熱く 頬濡らす
去らば湖底の 我が村よ
幼き夢の 揺籠よ

2.当てなき道を 辿り行く
流れの旅は 涙さえ
枯れて儚き 想い出よ
あゝうらぶれの 身は何処

3.別れは辛し 胸傷し
何処に求む 故郷よ
今ぞ果てなき 流離いの
旅路へ上る 今日の空

___600世帯、3000人が故郷を離れた(実数は945世帯が移転)ときの思い出を歌った曲。「夕日は赤し、身は悲し、涙は熱くほおぬらす、さらば湖底のわが村よ・・・」。昭和12年に発表され、全国的に愛唱されたという。

小河内村長小澤市平氏は、『湖底のふるさと小河内村報告書』(昭和13年)のなかで、「千數百年の歴史の地先祖累代の郷土、一朝にして湖底に影も見ざるに至る。實に斷腸の思ひがある。けれども此の斷腸の思ひも、既に、東京市發展のため其の犠牲となることに覺悟したのである」と思いを述べている。

**東京都の水がめとなる奥多摩湖建設の為、水に沈んだ小河内村は昭和26年に閉村式が行われ行政区上からは名が消えました。いまの行政区上は奥多摩町になっています。住民の多くは満州に移住を余儀なくされ、終戦直後は大変な辛酸をなめたと言います。
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このような1000年以上にわたり自然と共に生きてきた、先祖の想いの籠った土地を去り、流浪の旅とも呼びうる戦中戦後の困難を彼らに与えて得られた東京の繁栄。
もともとは神奈川県に所属する土地を、帝都東京の水瓶とすべく、政治的に帝国議会で東京府に編入したものです。いつの世も政治の犠牲になる人々がいたのです。

水の恵みなど感ぜずに生きている人も多くいることでしょう。こんな庶民の涙の水を外国人に売り渡す安倍自民政治とは。自然との共存は先人の知恵、明治以降は自然の征服の歴史ともいえる。現象はいつの日か移ろう、小河内ダムもいつの日か破壊の日を迎えるでしょう。先だっての台風被害など比ぶべくもない大災害の時が来るかもしれませんね。



灯として光りながら、周りを照らさずにいることができるでしょうか? (22567)
日時:2020年01月25日 (土) 12時40分
名前:風鈴

雑感 (22424)
日時:2020年01月17日 (金) 23時49分
名前:トキ

 教団をやめるべきではなかったか、というのは難しい問題です。
私は、教団に残り、部内でやれることをしようと考え、鋭意、努力しております。皆さんにもそれを勧めております。
ただ、辞めた場合でも、やれることはあると思います。

雑感 (22433)
日時:2020年01月18日 (土) 08時20分
名前:トキ

 こう言う動きは目立ってはダメなのです。
ですから、極力、目立たないように動いております。 以上。

日時:2020年01月20日 (月) 02時08分
名前:トキ

私は、このような場面では、
一隅を照らす、これすなわち国宝なり 【最澄】
と言う言葉が最適かと思います。道徳再武装運動の人たちが、
「暗闇を嘆く良い、自らが1本のローソクになれ」
と言っているのも似たようなものかもしれません。
教団という巨大な流れがある以上、これを個人で左右することはできませんが、自らが行いを正し、谷口雅春先生の弟子たる姿勢を保つことはできると信じます。
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これ等のトキさんの意見は大層矛盾したものに見えますが如何でょうか?

スレッドタイトルは「一隅を照らす、これすなわち国宝なり 【最澄】」です。
つまり一本の蝋燭となり燃え尽きるまで衆生救済に尽くすとした生長の家立教の精神でありたいとの表明です。
一本の蝋燭の明かりに引き付けられて生長の家は成り立ったのでした。

「鋭意、努力しております。皆さんにもそれを勧めております」と言いながら
「こう言う動きは目立ってはダメなのです。ですから、極力、目立たないように動いております」とはどのような意味でしょうか?

「救済という本来の存在意義を全うせよ」とよくトキさんは言います。暗夜を照らす蝋燭は目立たずにはいられません。
暗い夜道で微かな人家の明かりを見出した旅人は、光に吸い寄せられることでしょう。

「 カンテラを升の下に置いてはいけない」キリストの福音
一、カンテラを灯して、升の下に置く者はいない。反対に、ランプ台の上に置き、家中の者を照らすようにする。(マタイ、第五章、十五)
二、カンテラを灯した後、それを壺で覆ったり、ベッドの下に置く者はいない。ランプ台の上に置き、入ってくる者が光を見ることができるようにする。発見されない秘密は存在せず、知られ、公にならない隠されたことはなにもない。(ルカ、第八章、十六、十七)




『人生の並木路』『夕日は落ちて』人生の応援歌の作者は80歳 (22573)
日時:2020年01月25日 (土) 18時26分
名前:風鈴

『人生の並木路』 作詞:佐藤惣之助 作曲:古賀政男
https://www.youtube.com/watch?v=Aymeo7pTHgslist=RDPalQTygdfzc&index=5

1.泣くな妹よ 妹よ泣くな 泣けば幼い 二人して 故郷を捨てた 甲斐がない
2.遠い寂しい 日暮れの路で 泣いて叱った 兄さんの 涙の声を 忘れたか
3.雪も降れ降れ 夜路の果ても やがて輝く あけぼのに 我が世の春は きっと来る
4.生きて行こうよ 希望に燃えて 愛の口笛 高らかに この人生の 並木路

**私の兄は20才の時に父親を亡くし、自分も含めて家族5人の生活を見てくれました、83才で亡くなりましたが、私は霊安室で人生の並木道を吹き兄を送りました。
**立派な兄さんでしたね!ご冥福を祈ります敬礼/(-_-)
**私にも妹がいる。母は、妹が一歳半の時、私が4歳半の時に亡くなった。この歌は、忘れがたいものを示している。
**現在のbiz、宇多田ヒカルみたいに何を歌っているか訳の判らん歌よりずっと良いであります
**育った環境の音楽が刷り込まれたのでしょうね・今の若者も同様かも。私も今どきの音楽は分かりませんので好きになれません。

この最後の二つの感想は、生長の家が人生の指針を示し、yuoutubeにupされてもわずか一万二万の再生回数です。それに引き換え非二元のスピリチュアもの、悟りに関するものは大層繁盛していることとダブります。生長の家風な説き方が今時の青年には魅力が無いのかも知れません。

『夕日は落ちて』二年半で335,068 回視聴
https://www.youtube.com/watch?v=xNYSjKafE6g&list=RDPalQTygdfzc&index=4

**昭和9年から10年にかけて満洲国への憧れからか 曠野もの と呼ばれる歌が作られ流行しました。「国境の町」「急げ幌馬車」等、この歌もその同類でしょう。

これら私が貼り付けました緑咲香澄一連の投稿者TAK SIさんは、今80歳になる方です。戦前の高校の寮歌を沢山投稿されています。
郷愁、ノスタルジアとも言えますが、ご自分の人生の応援歌を他の人と共有して行こうとされているように思います。
信仰的灯台ではありませんが、これも立派な人生の灯台でありましょう。

人間自然平和に繋がっているのでは? (22673)
日時:2020年01月29日 (水) 00時07分
名前:風鈴

「 思い出の記」 @ナレーション 歌唱 古賀政男A歌唱 藍川由美
https://www.youtube.com/watch?v=aZEPkm6zvAo&index=9&list=PLb7Sp8UccoDaCuF6t1bb9N6b0B-06EPqr

思い出の記 コロムビア吟詠歌謡野中秀鳳
https://www.youtube.com/watch?v=9idbbg_7lVc

思い出の記 カラオケ
https://www.youtube.com/watch?v=rncDVvhezUY


上の思い出の記の本歌

「思い出の記」 懐かしの古賀メロディーを歌う緑咲香澄
https://www.youtube.com/watch?v=dt1tSx7RCcc


この歌は徳富蘆花の自伝的な小説「思出の記」をもとに作詞され、昭和16年霧島昇の歌で発売されました。この歌に愛着を覚えていた作曲者の古賀政男は昭和43年にみずから別の歌詞をつけ歌っています。♪ああ想い出は懐かしく ふるさと恋いて訪ぬれば 親同胞(はらから)はすでに逝き 誓いし友の面影も 今は虚しき菜の花よ・・・。


1.ああ思い出は 懐かしく
  ふるさと恋いて 訪ぬれば
  親同朋は すでに逝き
  誓いし友の 面影も
  今は虚しき 菜の花よ

2.ああ人生は 夢の夢
  幾年変わらぬ 山川も
  流れる雲か 風に散る
  人の心は 山吹の
  花はほろほろ 散るばかり

____________________________________________________________________________________________

古賀政男自身が戦後の思い出を語っているが、古賀政男を米兵や朝鮮人が訪ねてきた。古賀政男が幼少期朝鮮で過ごしたことから政男を朝鮮同胞と思っていたので、差別に泣きながら在日として生きる心の支えに政男の歌をしていたというのだ。
国際親善のもとは個人に始まるようだ。

これらの歌の背景に使われている自然を見るにつけ、500年1000年昔から山間部に住み着いて生きてきた生活がなくなるような都会中心の社会とは、政治とはと考えざるを得ません。
十数軒有った家が全て無人になり、部落がなくなったところは数多くあります。車のない昔にこんなところでどうやって暮らしていたかと思うほどの山間部で生活していた日本人。都会で金を稼がないと暮らせない社会を作り出したのは誰でしょう?

五月八日 人を見て自分を直す日 生長の家誌より (大調和の『和』について考える足しにどうぞ) (22704)
日時:2020年01月30日 (木) 14時59分
名前:風鈴

いさかいは實に山彦の反響かや我しづまれば向ふ音なし。  これは心学の歌である。


『和』と云ふのは、我と彼とがひとつであることを体得することである。
向ふが強い(わるいと仮名ふりあり)と思ひ、此方が善いと思ってゐる間は、
彼と我とは別のものであると思ってゐるから『和』が成立せぬのである。

『彼の姿は、私の心の姿である』と對手(あいて)を見て自分に反照する。
そこに眞の『一』が出現する。『一』が『和』であり、『一』のくだけた姿が『不和』なのである。

向うの悪さを見て、此方の悪さを悟る____これが出来るのは人間だけだ。
人間だけが、宇宙一體を知ってゐる萬物の靈長である。

イソップの犬ならば、水に映った『肉をくわえた犬』に吠えついて、
折角の自分の肉片を落として了ふが、人間は向うを見て自分を悟る。
________________________________________________________________________

「体得することである」
「人間だけが、宇宙一體を知ってゐる萬物の靈長である。」

不調和があるというのは体得できていないと云事、宇宙一體であればこそ「自然との調和」を願うのではないのかと。


 

善悪を超える日  生長の家誌法語より (22712)
日時:2020年01月31日 (金) 17時45分
名前:風鈴

盤珪の法語は光明思想と全く同一であるから、なほしばらく續ける。曰く

『事事物物、縁に随い運に任せて七通八達す。只悪しき事はなさず、善き事はなす。
然れども善根に誇り貪着し、悪しき事を憎み嫌はば、仏心にそむく也。
仏心は善にもをらず、悪にもをらじ。善悪を超えて動き働く也。是活仏心にあらずや』と。

悪しき事はなさず、善き事は為す。しかしながら、『善』と云ふ形を把み、形に捉へられ、
翻弄されて腹立ち、憎み、悲しむやうでは、自己の『仏心』はくらまされてしまふのである。

ここに善悪不思の境地に至らなければならないのである。
善もなく悪もなく、天地を踏み破る也。その時の眞の善、眞の仏心あらはれる也。

*****************************************

昔の教えに帰ろうとする方々へお届けします。
ここを覗かれた方は一言頂けますと幸いです。

一念不生の日  生長の家誌より (22757)
日時:2020年02月02日 (日) 21時35分
名前:風鈴  

悟りたいと云う妄想を破摧して、却ってそのまま悟りに入る。是れ盤珪の法にして、人間本来佛也との生長の家と行き方と等しくす。

盤珪曰く

「生まれ附きたる心が、不生不滅の仏心也。・・・・・鳥の声、鐘の音、一切の物音、一念も動かさずして聞きつくる也。惣て朝より暮れに至るまで一切の事、一念不生にて働けども、それを知らず、皆分別料簡にて働く事と思ふ、大いなる錯りなり。諸仏の心と人人の心と二つなし。然るに悟りたいと思ひ、或は自心を見つけんと思ひて修行用心するは、又是誤り也』と


この語によりて観れば、一念不生のところに眞實生命(仏心)の動くを見たるが盤珪なり。

一念だにあらば佛心かくるる也。

一念とは智慧の樹の果也。智慧の樹の果を食べれば堕地獄なり。/谷口雅春

『絶対無』の日本武道より   (22853)
日時:2020年02月05日 (水) 01時57分
名前:風鈴

『絶対無』の境地が日本精神であります。苟も心に一塵の『有』がありましても、その
『有』に縛られて日本精神本来の自由自在が失われてしまうのであります。絶対の自由は
無条件に生命を捨てるところから生ずるのであります。

吾々は何でも予め抽象的な条件を付けて、斯でなければならない、ああでなければならない
と、一つの予定的『有』をつかむと、その『なければならない』と云う自己限定にみづから
いのちが縛られて、自己生命の自由自在さを失って敗北すると云うことになるのでありま
す。

その生命の自己限定によって縛られている有様をば創世記には、『無花果の木の葉を綴って
着物を着た』と云う風に書いてあります。人間の生命が、本来の世界(エデンの楽園をもっ
て象徴されている本来の世界)にいたときには『裸』あったとあります。『裸』とはそのま
ま『絶対無』の境地であります。その『絶対無』の純粋自由自在境に役にも立たぬ着物を
着せしめ『無』の境地が破れたときに、人間は自分自身のいのちを縛ってしまったのであり
ます。その時に人間は本来の自由自在を失ったのであります。

斯うでなければならないと条件づけたときに、既に吾々は絶対自由の境地から一歩踏み外
したと云うことになります。
               /谷口雅春

五月三日 無心無我の日 (22861)
日時:2020年02月05日 (水) 20時55分
名前:風鈴

近思録に『夫れ天地の常は、其の心萬物に普くして、無心なるを以って也』とあり。

無心なるところに天地の常があらはれるなり。『天地の常』とは『生命の実相』のことなり。
ありのままの生命の完全なる相なり。それを現さんとすれば、無心にならなければならない。
無心にして天地運行し、四時行われ、春化開き、夏茂り、秋実る。無心の中に一切がある。

一人の僧趙州和尚に問う『如何なるか是れ道』と。趙州和尚答ふ『平常心是れ道』と。

平常心とは平常の雑念のままの心には非ざるなり。平常心とは無心のことなり。

金剛経に『應に住する所なくして其の心を生ずべし』と。

無心の心を引き出し来たれ。
               /谷口雅春

*****************************************************
これは先の『絶対無』と同じ生長の家誌の言葉です。
こうまでも戦前の生長の家には『無我』『無心』が説かれています。

「本来の教え」とはどの様なものを指すのでしょうか?



叡智の断片の言葉より (22902)
日時:2020年02月08日 (土) 01時03分
名前:風鈴

『無心、無我の境涯』その境地に達すれば實に楽であり、幸福であり、天の祝福おのづから備わる。
ただし、その無心の境涯に達するために、多くの教祖は如何に修業したか。

野の百合を見よ、つとめず紡がざる也。この境地に達するまでには、異常の精神的鍛練を要するのである。

                                       /谷口雅春先生
_____________________________________________________________________________________________________

ここまで「無我無心」についての雅春先生の言葉を載せてきました。
「無我無心」の境地を体得するのには、『異常の精神的鍛練を要するのである』と述べられています。

生長の家本来の教えを身に着けるには、『異常の精神的鍛練を要するのである』と言われる修業が求められます。
その境地に達して初めて、教えを人に示すことが出来ると言えます。自分で聖典を読み理解し実践する程度では、無心ならざる肉体心での理解に終わるのではないでしょうか?

叡智の断片より (22942)
日時:2020年02月08日 (土) 19時47分
名前:風鈴

まがれる釣(武器)で他のせいめいを釣ろうとしてはならない。
それは彦火火出見尊のあやまりである。だから、その釣は失われた。

釣の放棄(争いの放棄)の後に来るもの鹽椎神の出現なり。
これから龍宮界に導かるるなり。極楽世界の実現なり。地上天国の実現なり。
それまでにはなほ多少の時日を要す。
                       /谷口雅春
___________________________________________________________________________

国際問題解決として戦争はしない、という憲法9条は神の言葉といえるような言葉です。

この言葉を本来の教えでひも解くとき、どのような意味になるのでしょうか?
脅威に対抗するためには軍備が必要という現象処理はどのように考えるのでしょうか?

実相を生きることと、現象の対処法との兼ね合いはどうしましょう。
真理の説法には実相の話と、現象への対処の話と二通りあります。
そして現象への対処の話は、時の環境に支配されるので、戦前の話と戦後の話では変わらざるを得ないと先生は話されています。

静寂の生活  谷口雅春  大和の道 (23064)
日時:2020年02月12日 (水) 21時06分
名前:風鈴

道は絶対である。絶対には対立がない。道に乗って生きるとは【絶対無我】の生活になり切ることである。一切の対立がなくなることである。一切の対立がなくなるから一切に和解し、一切を敬び、一切が清まり、一切が寂である。

これが茶道の静寂であり、そのまま清まる日本の道である。対立する争いを持って生活するが如きは、日本の道ではなかったのである。道は「寂」であり、動くものなくして動いてをり、その動くや必ず萬物を生かすのである。対立のなき動きは全機であり、無にして一切であり、〇(ゼロ)であるから一切と調和するのである。それを【大和の道】と云う。

構える心がないから、事を構えず、事を構えないから事が起こらないのである。構えることがなければそのままとなり、其の儘は実相であり、実相は善ばかりであるから善きことのみが現れる。「私」のはからいがないから、全体の動きとピッタリと「一」である。全機である、全即一であり、一即全である。

本当に明るいと云うのは、全然対立がない「無」になり、無構えになって、天地と一つにとけ合って「寂」となることによって自然に得られる明るさでなければならない。真の明るさは構えた明るさではない。そのまま天地の明るさがあらわれたとき、真に明るくなり、立ち対うところが悉く明るくなる。

【   】は投稿者による

叡智の断片 谷口雅春著より (23165)
日時:2020年02月15日 (土) 22時03分
名前:風鈴


@『自分ひとりが浄まったなら、世界は浄まるのである。自分の心が浄まらざる故に世界は浄まらないのだ。
  自分の心をきよめることによって、全世界を浄めることが出来るのである。』


A『他人が喧嘩してしているのを見るのは、自分の心の中に喧嘩があるから見るのである。
  自分の心の中に喧嘩が無くなれば、他人の喧嘩も消滅する。

  私に対して遠隔思念をして病気を癒やしてくれと言って来る人があるのは私の心の中にまだ病気があるからである。』

____________________________________________________________________________________________________________

この二つの言葉はAの後に@があります。つまりAの反省の後に@の真理の言葉が書かれています。
これを読んで皆さんはどのように感じるでしょうか。
上の@の文にはすべての字に傍点が附ってある。それだけ大事な真理と云う意味でしょう。

しかし雅春先生でさえも、斯くの如きAの反省の心境にいるとすれば、他へ、惡の行動をする勿れと云う心境で、本来の教えを知っていると云うのは早計と思います。


叡智の断片より (23166)
日時:2020年02月15日 (土) 22時26分
名前:風鈴


 この世界に恐るべきものは何一つない。
善にして完全なる神が支配するからなのである。
もし仮に恐るべきものがありとせば、それは「自分の心」である。

自分の心に如何なる想念を書くかと云う事によって此の世界の姿が変わる。
「心」は実在しない不幸や病でさえも、実在するかの如く描き出し其れを具象化するからである。

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今のコロナに対する対応は世間一般はやむを得ないにしても、生長の家人が同じように現象化の片棒を担いではならないと思う。

天道を示す牛頭天王(ごずてんのう)と恵方を巡る頗梨采女(はりさいにょ) (23186)
日時:2020年02月16日 (日) 11時28分
名前:banshuhiromine

疫病が流行る場所には、祇園社を設けるとよい。

黄身も白身もなければお代はいらぬに関して  智慧の言葉より (23212)
日時:2020年02月16日 (日) 22時16分
名前:風鈴

真理は既にあり、しかも自己創造のものである。

【自己創造されたもののみが、その人にとっての真の真理である。】


同一の人に啓示される真理も、時として大河の姿を取り時として谿川の姿をとる。
人時処相応、時節時節にあらわれるのが本当の真理である。

@【だからすべての宗教にあらわれた教祖の神啓は次の時代又は同じ教祖の次の時節の啓示に於いて、補足され修正されねばならぬ。】


A【人類は一時代に必要なる真理を知らされる。真理は『一』であるけれどもあらわれは時代によって千差万別となる。】

真理は直輸入のみでは不可である。自ら悟って、それを人時所に応じて活用しなければならぬ。


その人にとって適当な真理は、その人にその時、その場の境遇や環境や事件の中にも見出される。
それはその人にとっての神の啓示と云うべきである。

B【周囲に起こるすべての事件は無駄でも偶然でもない。自分の額についた墨を拭きとるための鏡と思って反省せよ。】

境は鏡である。心境の反映である。

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@ A に説かれた意味はどのような事か?

戦前に説かれ『生命の実相』の聖典として説かれたものを戦後編集し直し定番の「生命の実相」20巻なり40巻として発行されたものを、雅春先生の意向を無視し、省かれたものを組み入れるということが許されるのであろうか?

真理の卵論にも関係しているようでもあります。

B に説かれているものは教団自称本流派の関係に言及しているものか?
『周囲に起こるすべての事件は無駄でも偶然でもない。自分の額についた墨を拭きとるための鏡と思って反省せよ。』と云われているのに無駄な存在であるとして行動するのはどのように理解すればよろしいのか?

【    】印は投稿者

‟神 いますがごとくに祀れ” (23263)
日時:2020年02月18日 (火) 16時48分
名前:上沼さんは『八坂さん』

祇園さんの本殿の下には池があって、青龍が棲んでいるらしい。

疫病が流行している場所に、祇園社を設けても、しかるべき道徳観念と保健衛生思想が普及しないと、疫病の流行は鎮まらないかもしれません。

ウイルスというものは、元来、自然界では、有機物である動物の死体の遺伝情報を保存しているDNA関連物質に対して、それらを組み替えた上で分解する役割を担っているものであって、それが、人間の生命活動の元になるエネルギーを造り出すための酸素を取り込む重要な臓器である肺を侵襲するという公衆衛生上極めて問題のある重大な病気となって猛威を振るうということの背景には、霊学的な観点からも深い意味が隠されているのかもしれません。

トキさんの言う政治と一線を隔し、本来の真理の宣撫をすべしに関して (23354)
日時:2020年02月22日 (土) 00時11分
名前:風鈴

綱領
真理は吾等をし自由ならしめん。吾等は真理を政治に実践し、且つ社会的国体的に進展せしめざるべからず。

要旨
『汝等天地一切のものと和解せよ』との信条に生活せる吾等が戦争を未然に防ぐことを得ざりしは吾等が単なる宗教運動に終始して其の精神を政治力にまで発展せしめざるがためなり。是実に吾等の罪也。吾等の罪は断じて償わざるべからず。その償いのために起って宗教的信念を政治運動に発展して救国のために新党を結成せんとす。徒に猫額大の地球上の面積を争うな。国力の培養の根源は国土面積の拡大に非ずして心土の拡大なり。三界は唯心也。人間は神の子なり。自覚すれば此の儘無限供給無尽蔵なり。萬物『心』より出でて『心』に復る。『心土』無限の領域を開拓して無限供給を把握するに何ぞ他国と争うことを要せんや。この真理を実践せば、隆々たる日本国運の再建却下にあり。今や我らは『宗教』と云う静的精神面に安眠を貪るべき時に非ず。爰に吾等は〇〇〇〇〇〇〇〇〇を設立し、生長の家誌友の協力を得て日本救国の一大運動たらしめんことを期す。

説明
従来我らが主として採り来たりし教化方針は、個別的個人個人に対して魂の救済、病気の神癒、苦難の解消等であったのであります。これ即ち『単なる宗教運動に終始して其の精神を政治力にまで発展せしめざりし』原因にして、かくして獲得されたる個別的個人誌友は軈て自己満足に到達して『宗教』と云う静的精神面に安眠を貪るに至り、生長の家をして国家全体を救い得ず、戦争惹起を防止し得なかったのであります。
故にかくの如き旧態を徹底的に打破して、真に政教一致、世界救済の悲願に出発せる生長の家立教の使命を成就せんが為には、従来の如き個別的個人誌友の獲得増加の方針よりも、団体的な一般民心の吸収、即ち社会輿論の獲得指導へ強力なる飛躍を決行すべきであります。これ即ち生長の家運動が直面せる時処相応の必至的展開でありまして、如何なる方途をも自由自在に駆使して世界救済の悲願を達成しなければならぬと確信するのであります。そこで次の如き対策を次々と実現しようとするのであります。

一、政治結社『全国精神主義聯盟』の創立
  以下略 
                   生長の家誌昭和二十年十一月号
__________________________________________________________________________________________________

「従来の如き個別的個人誌友の獲得増加の方針」を「かくの如き旧態を」と云われ、その内容は
「従来我らが主として採り来たりし教化方針は、個別的個人個人に対して魂の救済、病気の神癒、苦難の解消等であったのであります」と云われている。その結果を「かくして獲得されたる個別的個人誌友は軈て自己満足に到達して『宗教』と云う静的精神面に安眠を貪るに至り、生長の家をして国家全体を救い得ず、戦争惹起を防止し得なかったのであります。」と云われる。
然るに中共の脅威を言い募り防衛に託けて軍備増強に走る、大東亜戦争を抑止し得なかったのは吾等が罪である、とまで言われているのに戦争準備をする、心の世界に戦争を描けば斯くなる余地があります。
これが所謂本流派の諸氏の目指すものであり、「斯くの如き旧態」と云われているものでしょう。トキ管理人の目指すものは『斯くの如き旧態』ではないのでしょうか?
それは正しいと云えるのでしょうか?

生長の家社会事業団は所期の目的を遂行しているか? (23424)
日時:2020年02月24日 (月) 08時22分
名前:風流

上の投稿の「爰に吾等は〇〇〇〇〇〇〇〇〇を設立し、生長の家誌友の協力を得て日本救国の一大運動たらしめんことを期す。」の伏字には生長の家社会事業団が入ります。

file:///C:/Users/一以/AppData/Local/Temp/file9-1.pdf
これが現在の生長の家社会事業団の設立目的です。

対して当時の雅春先生の設立目的は上の投稿の「要旨」、「説明」で説かれているものです。略以下には十ヵ条のとりあえずの設立目的が述べられています。

一、政治結社『全国精神主義聯盟』の創立
五、戦災その他の事情による父母なき幼児の保育園及び一般幼稚園の経営 等

________________________________________________________________________________________

十ヵ条の設立目的が述べられています。神の国寮の運営はこのように五番目のものです。
生命の実相等の著作権料、講習会の利益等をこれ等の目的遂行のために充てるとされているのです。
明らかに事業団設立目的が今のものとは相異すると思われます。
詳しくは『大和の国日本』を参照されたい。

生長の家社会事業団設立への雅春先生の想い (23834)
日時:2020年03月03日 (火) 19時51分
名前:風鈴

〇【共産党よし、社会党よし、彼らが真実『大和國』の理想実現に貢献するならば彼らは眞實日本人であり、我等の同志である。】自由党にせよ、進歩党にせよ、彼らが真実『大和日本』の理念顕現に貢献しないならば、彼らは眞の日本人でなく我等の同志ではないのである。
私は不偏不党ただ真理を尺度として彼らの政綱政策とその生活とを注視しているだけである。猥りに賛せず、濫りに排せず、和して流せず。

〇社会党で出馬するから、推薦状を書いてくれと云う人ありき。自由党から出馬するから推薦状を書いてくれと云う人ありき。×党から出馬するから推薦状を書いてくれと云う人ありき。併して一人の『全国精神主義聯盟』から政界に出馬すると云う人なし。彼らは依然として事大主義にして、唯、我らの推薦を利用し、自己の得票に汲々乎たるのみなり。【大なる旧勢力に事える事大主義は民主主義の正反対なり。】

〇見よ、多くの精神主義者たちの大多数の日和見的なるを、互いに精神主義者でありながら、排他的にして手を繫がんと欲せざる。その卑怯なる態度唾棄すべきのみ。封建的な寺院、本山教会などの教権とドグマに今尚ひざまづいて自由な活動を封じられ、互いに共同の真理戦線構成に躊躇している其の歯痒き有様を如何にとや見ん。

〇【我らは一切の教権とドグマと形式の寺院と教会と云うが如き、吾らと神(又は仏)との直結直通を妨ぐる中間的搾取機関たる封建的存在を取り除いて、人間が神の子として神に直通するところの宗教を打ち開いたのである。】
神はわれらの父であり給い、人間は神の子である。
ただこの真理を悟れば好いのである。【『民主主義の生活とは神と民との直通の生活である。』天皇と人民との間の、封建的介在物を排除する時代であると共に、宗教に於いても、神と人との間にあって搾取する中間封建機関を排除せねばならぬ。】

                                   『大和の国日本』より
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【     】印は投稿者

これ等のことを政治的社会的に実現せんとして「生長の家社会事業団」は設立され、その為の基金として著作権その他の寄付が為されたのです。これ等の精神が事業団の目的として引き継がれていないのであれば(私は引き継がれてはいないと思います)、心を問題とする宗教者としては著作権所有を声高にすることは出来ぬと考えます。

支那事変⇒大東亜戦争を大東亜民族解放の戦いと云う事は正しいか? (23841)
日時:2020年03月03日 (火) 20時44分
名前:風鈴

支那事変が始まると天羽情報部長が新聞およびラジオ放送に於いて

『有たざる国が有てる国の資源を獲得するのは当然の権利なり』と声明したときに、『それでは貧乏人が金持ちの家に抜刀で乱入して、有たざる者が有てる者の資源を獲得するのは当然の権利である、と云ってもそれは正しいか。日本の戦争理由がそのような強盗的理由であってはならない』と侵略に反対したのは谷口であり、支那事変が後に大東亜民族の解放を目的とするのだと云い出したのも、吾々の反対に出会したからであって、吾々の思想は根本において侵略主義でなかったからであります。 
                生長の家誌昭和二十三年五月号
__________________________________________________________________________________________________

この支那事変の裏で暗躍したのが岸信介氏であるとの説がある。

昭和五十年前後の森田安東体制での生長の家青年会では、雅春先生に言わせれば、この侵略的理由にして始まった支那事変⇒大東亜戦争を大東亜民族解放の戦いと定義していた。


『支那事変が後に大東亜民族の解放を目的とするのだと云い出した』との雅春先生の言葉をよく読んでほしい。

‟風見鶏” (23857)
日時:2020年03月04日 (水) 06時36分
名前:t.soho

《司馬 日本が明治という国を興して市場原理を導入したときから、国家そのものが航海をしはじめた。十九世紀後半の近代国家というのは、みなそうでしょう。それまでの江戸時代は、航海などしなくてもそこに存在していればよかったんです。しかし、航海をはじめた以上は、ナビゲーターがしっかりしていなければならない。そこで政府や、時代の風向きを研究する学者が問われてくるのですが、昭和の初めからここまで、ずっとうまくいっていませんね。昭和恐慌のときもきちんと処理できずに別の実行グループが満州事変のような事件を起こしてしまう。そして結局、太平洋戦争へと突入してゆく。
 戦後もまたそうです。なんどか深刻な不況があっても、いったん目くらましにあうと不況から脱出したような心理状況がつくられるという連続で、ここまでに至っています。いま何とかしないといけない。
/ 『新装版 国家・宗教・日本人』司馬遼太郎・井上ひさし(講談社文庫)[2008,2]44,45頁》

たとえば、日朝交渉を事務方で取り仕切った外務省の一部の官僚などからは、より洗練された政策構想をうかがうことができる。まさに彼らは軍隊を持ち、自立的な外交路線を歩む「普通の国」を目指している。佐々木芳隆氏はこうした政治家・官僚を「自主・野心型」と名づけている。 (23884)
日時:2020年03月04日 (水) 18時38分
名前:引用

《 戦後民主主義を批判する保守の政治家は、国民は平和ボケしているとよく批判する。日本人は戦後第九条のもとで、世界の現実から目をそむけてきたと言いたいのであろう。しかし、安倍の核武装発言に現れているとおり、世界の現実を知らないのは彼らの方である。彼らは戦争の悲惨さを知らない。また、日本の独りよがりの行動がどれだけ国際的な緊張を高めるかについて考慮することもできない。自らは常に無垢な存在であるという幼稚な前提の上に、自らの主観的満足のために、安全保障をもてあそんでいるだけである。これこそ平和ボケ以外の何であろうか。
 もちろん、安全保障政策の転換や改憲を唱える若手の政治家が、すべて軽率で浅はかというわけではない。たとえば、日朝交渉を事務方で取り仕切った外務省の一部の官僚などからは、より洗練された政策構想をうかがうことができる。まさに彼らは軍隊を持ち、自立的な外交路線を歩む「普通の国」を目指している。佐々木芳隆氏はこうした政治家・官僚を「自主・野心型」と名づけている。すなわち、従来の憲法による制約をはずした上で、日本がアメリカの従卒として振舞うのではなく、より自立した国家として国際社会の重要なプレーヤーとなることを目指しているというわけである。このような対外構想に同調する若手の政治家は、自民党にも民主党にも存在するであろう。今のところ、アメリカからの圧力は憲法の制約を除去するために役立つので、彼らも対米協調の戦列に加わっている。しかし長期的な国家路線に関しては、意図的に隠しているのか、明確なビジョンが伝わってこない。
 憲法改正論議がさらに進み、九条を改めた上で日本がどのような外交・安保戦略をとるのかという議論が深まってくれば、こうした政治家の意図が明確になってくるであろう。
/ 山口二郎著『戦後政治の崩壊―デモクラシーはどこへゆくか―』(岩波新書)[2004.6] 54,55頁》

(参考動画)https://www.youtube.com/watch?v=KCeNMzHII44

宮司による天皇批判発言は事大主義であり、神社本庁は日本会議の最大構成員 (23894)
日時:2020年03月04日 (水) 20時08分
名前:風鈴


2018年(平成30年)6月20日、靖国神社の最上位の責任者である小堀邦夫宮司が神社内の定例会議で「陛下が一生懸命、慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていくんだよ」「はっきり言えば、今上陛下は靖国神社をつぶそうとしてるんだよ」など上皇や今上天皇夫妻を批判する発言を行った。その後、宮内庁を訪れ宮司を退任する意向を表明した。天皇と靖国神社をめぐっては、1978年にA級戦犯が合祀されて以降、昭和天皇の参拝が途絶え、天皇明仁も即位後一度も参拝していない。

取材に対して小堀は「会議自体に出席していない」としていたが、上記発言の音声が公開されると、宮内庁に行き陳謝するとともに退任の意向を伝えた。
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この小堀邦夫なる者は伊勢神宮に41年奉職後靖国神社の宮司になった。これを見るに伊勢神宮にしろ、靖国神社にしろ、雅春先生の説く天皇主義とは相容れないものになっている。「会議に出席さえしていない」と平気で嘘をつく、安倍総理の嘘つきと軌を同じくする。

その伊勢神宮を元としているはずの神社本庁、また各宗教団体、各種政治団体は、先の投稿で雅春先生が「事大主義者」と呼んで生長の家とは相容れないものとした者たちである。これら団体を構成員とする日本会議は生長の家とは相容れないと考えます。日本会議が生長の家社会事業団設立の目的に適うものであれば、真理の政治的社会的活動と認められるが、如何せん事大主義の集合体と認められる。

神社本庁に属さない神社が急増している理由は、実は神社本庁が掌握する人事権に大きな原因があると言われているが、これと同じことを政府に持ち込んでいるのが安倍政府です。官僚の人事権を掌握することにより、総理の独裁を成り立たせることにした。

日本会議の最大構成員たる神社本庁と安倍政治が日本会議と重なるではありませんか。

こちらが変わる(正信)、相手を変える(迷信) (24370)
日時:2020年03月14日 (土) 17時33分
名前:風鈴

行基菩薩と云う方があります。その人のことで思い出されることに次のような事が有ります。ある日のこと、行基様が高野山の奥の院にお登りになった。時あたかも花盛り。花を見て、句帳を出し、矢立を出されてスラスラーッと句をおつくりになる。

 「他所に咲け高野の奥の女郎花」

なぜそのような歌をおつくりになったかというと、高野山の奥の院に、女郎花が咲き乱れていた。それをご覧になった行基様、可哀そうにこんな高野山の奥の院で、若い青年層が修行している所に、こともあろうに青年層が行き交いする道端に女郎花が一杯咲いている。これは可愛そうだ。修行の邪魔になる。青年層が女郎花の咲いているのを見て、或は、この「女郎花」という花から連想して過去を思い出して苦しむ者もあるかもわからない。それでこんな可哀そうな所で咲かないで「他所に咲け」とこう句を作った。それを句帳に認めながら、
「ああよく出来た」
いい句が出来たと、ご満悦の態だったらしい。ところがその時、草叢の中に小さな小さな片端にも似た小坊主がいて、笑った。
「ハハハ・・・」
その笑い声たるや実に冷やかな嘲笑の声だった。ご満悦で行基様が馬鹿にされて
「何だお前は、小僧が。今の儂の歌が何故おかしいんだ」
「おかしいですよ」
「どこがおかしいんだ」
「上の句がなっとらん」
「どうして上の句がなっとらんのだ、わけをいえ!じゃ、おまえが上の句が作れるか。作ってみなさい」
筆と句帳を持った行基様の前で、小坊主が作った歌。

「名を変えよ高野の奥の女郎花」

「あーっ!」
とビックリ仰天した行基様が、顔を上げて拝もうとしたら、草叢の中の小坊主がパッと消えてしまった。と、こういう話を聞いたことがあります。

「他所に咲け」こんな所におっちゃ駄目じゃないか。他所へ行け!これは相手を変えようとするのですから、迷信です。うちのお父さんはアル中で困ったものだ、と思っているのは、なんとかアル中よ治らなければ駄目だ、アル中よ他所へ行け、と思っていることになるのですから、明らかに迷信です。
ところが「名を変えよ」どんなに荒れ果てた姿であっても、人間は神の子であって不幸も病もないんだ、罪もない死ぬることも無い。神の子完全円満、実相圓満完全と“病人“というなまえから、”神の子“という名前に変えてあげる。これが正信です。これが本当の愛です。
女郎花に他所へ行ってやれと相手を変えるのではなしに、女郎花と名をつけなければいい。その花に女郎花とつけるから、その人がそうなるのであって、名を変えればいい。病気と呼ばなければいい。

「あなたは完全円満な神の子である。私の心の中から拝む力を引き出して下さる尊い有り難い仏さまでございます。ありがとうございます。あなたが私の前にいらっしゃることによって、私があなたの実相を拝み出すことが出来る。私の心の中から完全円満の力を引き出して下さるあなたは仏さまでございます。ありがとうございます」

徹底して生命を懸けて拝む。そうしますとその人のお蔭で、想像も出来なかった神の子の生命を拝む力が、自分の中から滔々と湧き出て来る尊い体験を得ることが出来る、と私は体験を通して信じております。
            末井勉講師 「正信」と「迷信」より


人類VS感染症 果てなき戦い (24449)
日時:2020年03月16日 (月) 22時38分
名前:風鈴

https://www.youtube.com/watch?v=Fd5WqmlQpkE&feature=emb_rel_end


歴史家 ウイリアム・H・マクニールは
「人類が自然の生態系に介入していることが主な原因で生物進化は最高速度で進行している」と云う。

人類が人間至上主義で自然界と相対する生き方をすることが原因となり、細菌と人間の果てなき戦いが進行していると観ることが出来るようです。

微生物は自然の中で、夫々の役割があるはずです。すべては神の創造ですから。
それが人間に敵対する働きをするということは、人間の生き方に問題があると云わなければなりません。

世界の経済に鉄槌を下しているように見えます。欲がけん引する経済活動の成果を否定するかのように、経済の混乱を引き起こしました。

細菌と人間の果てなき戦い、なかなか面白いです

生きていた民社党、保守運動をオルグする[一] (25097)
日時:2020年03月29日 (日) 16時58分
名前:風鈴

日本会議と共闘する労働戦線は、どう作られてきたか <1>


 国民運動団体「日本会議」。新宗教「生長の家」脱会者たちと神社本庁・神道政治連盟が
タッグを組んで、憲法、教育、防衛などの課題に取り組んできたことは知られている。

 ただ、見落としてはいけない勢力がある。かつての「民社党・同盟」だ。党は1994年、同
盟は87年に政界再編、労働戦線統一の渦の中に消えたが、そこにもここにも旧民社系の人が
いる。それも日本会議会長だったりする。

彼らはどんな経緯で、日本会議などの運動と共闘するようになったのだろうか。旧民社党・同盟の
人々の今を取材し、成り立ちをさぐっていきたい。


【河合栄治郎の門下生集団「社会思想研究会」】

 国会そばの砂防会館で5月3日、日本会議系「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(三好
達、田久保忠衛、櫻井よしこ共同代表)と「民間憲法臨調」(櫻井代表)が共催する改憲派
集会があった。田久保忠衛・日本会議会長は結びのあいさつにたち、憲法改正の早期実現を
呼びかけた。

 「去年の集会よりも、政治家の先生方の一歩進んだ発言が多かった。みなさま方の力が先
生方をここまで動かした。最後には、日本を動かすのは我々だという決意をもちましてひと
つ前進したい」


田久保氏は1956年に時事通信社に入社。ワシントン支局長、外信部長を務め、84年に杏林
大学に転じた国際政治学者だ。
【文化人、労組幹部らが集った「民主社会主義研究会議」(民社研)の中枢で活動し、平成のはじめ、民社党新綱領づくりにも携わった。】

それからしばらくして、民社研が現在の「政策研究フォーラム」(理事長=谷藤悦史早大教授)に改称・組織がえした直後には常務理事に就任。機関誌『改革者』の誌面を刷新、編集・発行人を務めたこともあった。

 そもそも民社研とはどんな組織か。【社会党が左右に分かれていた時代、学者らがつく
った右派の応援団「民主社会主義連盟」(民社連)が源流の一つだ。】社会党は統一をへ
て、再び分裂。【西尾末広らが民社党を結成した1960年、お茶の水女子大学長を務めた政
治学者、蠟山政道氏らの呼びかけで民社研は結成された。】

                               論座より

「(民社党歴代委員長は)日本の政治家の水準から言えば自民党の有力政治家よりもイデオロギー的にしっかりしたものがあったように思う」 (25098)
日時:2020年03月29日 (日) 17時22分
名前:風鈴

民社党、同盟(全日本労働総同盟)、民社研で三位一体をなした民社ブロックの一角で、前出の民社連に加え、戦時中の軍部批判、学内対立で東大教授の職を追われた自由主義者、河合栄治郎(1891—1944)の門下生集団「社会思想研究会」(社思研)のかなりの部分が合流。電力、鉄鋼といった大企業、後の同盟である全労会議系労組が賛助会員として加わった。

 田久保氏は早大法学部在学中から、河合ゼミOBらの社思研に参加している。中心メンバーの経済評論家、土屋清氏が主宰した読書会に通い、記者を志望したという。社思研、民社研、政策研究フォーラムのいずれでも活動した田久保氏は、まごうことなき旧民社系言論人と言える。

 半生記『激流世界を生きて』(2007年)で民社と自民の政治家を比べ、こう記している。「(民社党歴代委員長は)日本の政治家の水準から言えば自民党の有力政治家よりもイデオロギー的にしっかりしたものがあったように思う」

 さらに、有事の際の自衛隊の超法規的行動について発言し辞職に追い込まれた栗栖弘臣・元統合幕僚会議議長の問題を引き、こうも続けた。「だらしのない自民党に活を入れてやると、栗栖元統幕議長を参院選候補に担いで一戦交えた春日一幸・民社党委員長の気迫を自民党の政治家たちはどう受け取っていたか」

保守のなかで絶妙の立ち位置
 田久保氏が日本会議会長に就いたのは2015年4月、三好達・最高裁元長官の後を受けてだ。菅野完氏著『日本会議の研究』を嚆矢に日本会議への疑問が集中した16年には、現職会長として「日本会議への批判報道を糾す」との論考を発表。火の粉を振り払う役回りを演じている。そこにこんな一文があった。

 《私が日本会議の会長になったのは昨年で、それまでは代表委員として事実上、名前をお貸ししていたに過ぎない。日本会議は、一九九七年に「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」が統合する形で発足した。「国民会議」には私も講師として入っていたが、そこでもたいしたことはしていなかった》

 自分が日本会議を牛耳っているかのように新聞に報じられたことへ反論している場面なのだが、会長になる以前の立ち位置がうかがい知れて興味深い。というのも、総保守化も指摘されるこのご時世だ。日本会議が標榜する「草の根保守運動」の中枢から4代会長が選ばれてよさそうなものだが、保守には保守の複雑な人間模様があり、路線対立やさまざまな系譜もあって、どの人も収まりがつきづらいと判断されたのだろう。


                                  論座より

「明治の日推進協議会」。会長は塚本三郎・元民社党委員長 (25099)
日時:2020年03月29日 (日) 17時36分
名前:風鈴

その点、田久保氏は絶妙の位置に立つ、実にすわりのよい人物だったと聞く。広範な組織、個人にウィングを広げるうえでも、田久保氏の原籍である「旧民社系」をさらに運動に引き込む効果もある。民社協会の地方議員ネットワークやUAゼンセンのような活発な労働組合の存在は戦力として魅力的に映ったに違いない。

塚本元委員長ら「明治の日」訴え

 憲法記念日の4日前、4月29日には、東京・明治神宮の神宮会館で「昭和の日をお祝いする集い」があった。実行委員会を組織するのは、「みどりの日」を昭和天皇誕生日由来の「昭和の日」に改める祝日法改正を実現した人々だ。

その人々の多くはいま、11月3日の「文化の日」を明治節(明治天皇誕生日、戦前の祝日)にちなんで、「明治の日」へと改める運動に奔走している。団体名は「明治の日推進協議会」。会長は塚本三郎・元民社党委員長が務める。【協議会を取り仕切る高池勝彦・事務総長は「新しい歴史教科書をつくる会」会長で、旧同盟系の労働弁護士として広く知られている。最近では、神社本庁(全国8万社)の正常化を求める「神社本庁の自浄を願う会」代表となり話題になった。】

 その高池氏もまた、田久保氏と同じく早大法学部時代からの社思研メンバー。研究会には同じ頃、のちに産経新聞社社長に就く住田良能氏、河合栄治郎の評伝などがある湯浅博・元産経新聞論説委員やロシア政治の木村汎・北大名誉教授、民社党中央執行委員になる梅澤昇平・尚美学園大名誉教授らがいた。補足するなら、この人々にもう一点、ほぼ共通するのが櫻井よしこ理事長の国家基本問題研究所(国基研)との深い関わりだ。国基研は櫻井氏が構想し、田久保・高池両氏が設立時から賛同者集めなどに深く関わった政策集団。現在、両氏は副理事長、梅澤氏は評議員長の任にある。

 設立集会(2008年)時点の名簿をみると、理事に石原慎太郎・元東京都知事、歴史学者の伊藤隆・東大名誉教授、塚本三郎氏や、高池氏が「南京事件の裁判を一緒にしませんか」と勧誘したという弁護士、稲田朋美・元防衛相らの名がある。さらに続けると、当時の評議員長は日本経済新聞のコラムニストだった井尻千男・元拓殖大日本文化研究所長。 評議員に作曲家のすぎやまこういち氏、「特定失踪者問題調査会」の荒木和博代表、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)会長の西岡力・元東京基督教大学教授らが名を連ねている。

拉致問題に取り組み

 今年1月中旬、東京・芝の友愛会館で民社党OB会・結党60年を祝う集いがあり、前出の特定失踪者問題調査会代表、荒木和博・拓殖大学教授も姿をみせた。荒木氏は慶大法学部を卒業、民社党職員になった人物。ゼミの指導教授は、民社研の主要メンバー、政治学者の中村菊男氏だった。

民社系政治家の「現住所」は自民党から立憲民主党までさまざまだが、荒木氏らが切り開いた拉致問題への熱心さは共通している。 (25100)
日時:2020年03月29日 (日) 17時49分
名前:風鈴

荒木氏にとって、転機は民社解党。新進党への移籍を断り、独立した。北朝鮮による拉致問題に取り組み、国民運動を組織した。運動の先頭に立った「民社人権会議」の代表幹事は田久保氏が今も務める。荒木氏とともに拉致問題に取り組んできた元民社党職員、眞鍋貞樹氏は解党時、東京都小平市議。現在は拓殖大教授として教壇に立つ。解党の前後、独立した党職員には、党広報部長を務めた評論家、遠藤浩一・元拓殖大教授もいた。

 詳細は別稿で後述するとして、拓殖大は旧民社系の人々と関係が深い。社思研・民社研の重鎮だった矢部貞治・元東大教授は反共の論客で、1955年から64年まで第10代拓殖大総長。東大新人会幹事長や日本共産青年同盟委員長を務め、獄中で転向した民社研の竪山利忠氏も戦後、拓殖大で教授となった。また、17代総長の藤渡(ふじと)辰信氏はもともと民社党職員だった。

 党消滅後の政治家はどうか。【民社系政治家の「現住所」は自民党から立憲民主党までさまざまだが、荒木氏らが切り開いた拉致問題への熱心さは共通している。】

 山谷えり子参院議員(自民)の初陣は1989年の参院選で、民社党比例代表区の候補者17人のうち名簿登載は5番目。当選は2人どまりで山谷氏は落選した。その11年後、民主党から衆院選に出て当選。保守新党で落選した後、自民党参院議員として3度の当選を重ねている。山谷氏は2014年から1年間、拉致問題担当相を務めた。

 民社党で初当選した現・国民民主党の柳田稔参院議員は菅直人内閣の法相・拉致担当相。UAゼンセン出身の川合孝典氏は国民民主党拉致問題対策本部長代理、民社党職員だった村上史好・衆院議員は立憲民主党拉致対策本部事務局長。同じく民社党職員だった高木啓衆院議員(自民党)も最近、拉致問題がらみで委員会質問に立った。いち早く拉致問題を取り上げた西村真悟氏は1993年の総選挙で民社党から初当選。新進、自由、民主、日本維新の会で当選を重ねたが、現在議席を失っている。父は西村栄一・民社党委員長。

元号の法制化を求めて

 平成から令和へ。おのずと元号法への注目が高まった。実は、この法律の制定には旧民社党・同盟が深く関わっている。

 1970年代後半、元号法制化実現運動という保守国民運動があった。新憲法下、法的な裏付けを失った元号について根拠法を早期に制定すべし、との世論が急速に高まった。そこで組織された【元号法制化実現国民会議(議長=石田和外元最高裁長官)の実務を取り仕切ったのが、若き日の日本会議事務総長、椛島有三氏らのグループ「日本青年協議会」(日青協)だ。】

 元号法は79年に制定・施行され、同国民会議は2年後、看板を「日本を守る国民会議」に掛けかえて再出発。97年に「日本を守る会」と統合して、日本会議へと発展、今日に至っている。元号法制化運動は「草の根保守」の成功モデルとして後々語り継がれることになるのだが、民社・同盟勢力にとっても、当時「民族派」を自称していた人々との共闘は画期だったのではないか。

 運動の最中、元号法制化実現国民会議の総決起大会が78年10月、日本武道館であった。日青協の機関誌「祖国と青年」によると、来場者は2万人。石田議長の主催者あいさつなどに続いて、3人の意見発表があり、社会学者の清水幾太郎・元学習院大教授、「美容体操」の竹腰美代子氏に続いて、【同盟の天池清次会長が運動への決意を語っている。「祖国と青年」は前振りにこうつづっている。】


同盟の宇佐美忠信会長『和して同ぜず 私と労働運動』 (25101)
日時:2020年03月29日 (日) 17時59分
名前:風鈴

次に労働界を代表して天池清次同盟会長が登壇した。本大会のような民族法案を実現せんとする大会に労働界の代表が出席し発言することは初めてのことだけに満場の参加者が一斉に耳を傾けた》

 天池氏は「同盟の天池でございます。まず最初に、同盟は元号制定につきまして、法律化する必要があるということをここに表明します」と組織の決定を明らかにしたうえで、@元号は国民生活の中に溶け込んでいること、A元号は日本の歴史の中から生まれたもので、歴史を尊重しない民族は滅ぶこと、などを訴えた。会場は割れんばかりの拍手で包まれたのだという。同誌はこう結んでいる。

 【《労働運動のリーダーと言えば、とかく左翼的だと思われがちだが、天池会長は「歴史を尊重しない民族は滅びる」との歴史認識にしっかりと立って力強く法制化の決意を述べた。】この一事をもってしても、いかに元号法制化運動が全国民的な運動であるかが理解できる》

「建国記念の日」式典での万歳三唱

 国政側からは民社党が後押しした。超党派「元号法制化促進国会議員連盟」(西村尚治会長=自民党)の事務局長は、のちの民社党書記長、中野寛成氏。結成大会で議連の設立趣旨と経過報告をしたのも和田春生・元民社党副書記長で、大事な役回りを同党が果たした。

 国民運動を標榜している以上、民社党・同盟を運動に巻き込んだことは大金星だったにちがいない。「祖国と青年」は議連結成時、こう書いた。

 《地方において『草の根』的な国民運動が展開され、その声が中央政界に反映して国会議員を動かしめたことは、戦後の民族運動史上の快挙と言ってもよいだろう》

 中曽根政権の1985年、歴代首相として初めて「建国記念の日」の式典に現職首相が出席することになった。憲法の政教分離規定をクリアすべく、主催団体として政府肝いりの新団体を設立。宗教色が薄くなることに批判的だった神社や保守団体が強くこだわったのが、聖寿万歳(皇室の弥栄をお祈りするとの意味)の履行だった。

 【「建国を祝し、天皇陛下のご長寿を祈って」。式典当日、万歳三唱の先導役を引き受けたのはこれも同盟の宇佐美忠信会長だった。】宇佐美氏の回想『和して同ぜず 私と労働運動』によれば、保守運動の世話役、末次一郎氏らによるすすめと、自民党国民運動本部長だった中山正暉氏からの強い要請があり、自らの信念で応じたという。

上の投稿に関係して、【協議会を取り仕切る高池勝彦・事務総長は「新しい歴史教科書をつくる会」会長 (25105)
日時:2020年03月29日 (日) 18時25分
名前:風鈴

つくる会教科書、異例の不合格 「欠陥」405カ所指摘

「新しい歴史教科書をつくる会」系の自由社が発行する中学歴史の教科書が、文部科学省の検定で不合格となったことがわかった。つくる会が21日に会見で明らかにした。過去に合格した教科書が不合格となるのは極めて異例という。

 教科書は「新しい歴史教科書」。文科省によると、2008、10、14年度の検定に合格していた。つくる会によると、昨年11月、文科省から405カ所の「欠陥箇所」が指摘された。175カ所について反論書を提出したが、全て認められず、昨年12月に不合格が確定。「理解しがたい・誤解するおそれ」との指摘が7割以上を占めたという。藤岡信勝副会長は会見で「検定は結論ありきの異常なもの」と批判した。

 文科省は、3月中旬以降となる検定結果の公表前につくる会が不合格を明かしたことに対し、「省の規則に明確に違反しており、何らかの指導と事情聴取をする」(同省教科書課)と話している。

 教科書検定では、以前はいったん不合格となっても指摘された点を修正し、再申請すればほぼ合格していた。16年3月、欠陥箇所が1ページあたり1・2カ所以上あると再申請できない「一発不合格」の新制度ができた。今回は、この制度が小中高の全教科書を通じて初めて適用されたという。
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安倍政権下の文科省は保守or売国奴、この掲示板に出てくる保守派の方よく考えてね。

叡智の断片、入龍宮不可思議境界録より (25701)
日時:2020年04月14日 (火) 17時27分
名前:風鈴

『一切ありとあらゆることを、佛でも、衆生でも、皆なき儘の一切諸法、なき儘の佛、なき儘の衆生と知れば、自ら我も無の我なり。人も無の人なり。これを佛眼と云ふなり。』(盤珪和尚、心經鈔)

皆なき儘の諸法(諸現象)と知れば捕らえられることなく、執することなく自由自在になるなり。
病気の者も、『病気なきままに』病気を顕しているのである。『なきままの病気』と知れば心に引掛かることもない。心に引掛かることもなければ無礙なり。心無礙なれば生命無礙なり。
生命無礙なれば病気も消ゆるなり。

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考えても解らない不可思議の心境を説いたこの言葉に、

「皆なき儘の諸法(諸現象)と知れば捕らえられることなく、執することなく自由自在になるなり。」
「生命無礙なれば病気も消ゆるなり。」

と説かれているのであるが、雅春先生の時代にはウィルスなど無かったからコロナには感染しないようにしなければならない、と説く人がいる。「恐怖」の存在を認めて生長の家の教が成り立つのでしょうか?


此処を見て頂いた四、五名の皆さん、この投稿を最後とします。半年一年後ぐらいには出て来るかも知れませんが、しばらくの御無沙汰いたします。皆様ご機嫌よくお暮しください。

 (25703)
日時:2020年04月14日 (火) 19時38分
名前:風



風鈴さん

またその音をお聴かせください、きっとですよ。



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