生長の家「本流復活」について考える(続したらば版)

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やっぱり和解は大切です (24722)
日時:2020年03月23日 (月) 08時47分
名前:トキ

 破邪顕正さんが、以下のようなご文章を書かれておられます。

「宗教法人を取得するということは、新たな宗教団体が誕生したということを意味するわけです。

にもかかわらず、「和解せよ」ということは、有り体に言えば一つになれ≠ニいうも同然ということになりはしないでしょうか。

例えば、出自が同じだからと言って、崇教真光さんと世界真光文明教団さんとに対して「和解せよ」と言ったらどうなるでしょうか。

もう、そんな段階はとうの昔に過ぎたと言われるのがオチでしょう。

事ほど左様に、宗教法人を取得した以上は、もはや「和解」論などは何の意味も持ちはしないということなのです。」

https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=2864

 別団体になったというのは、それだけ対立が激化したことは意味しますが、和解が不要になったということは意味しないと思います。例えば、聖典の版権の問題だけでも、未だ解決を見ておらず、多くの信徒が難儀をしております。そういう問題についても、両者が話し合いをする必要性はあると考えます。

 確かに現在の教団指導部の言動はおかしいですが、だからと言って、一部の本流復活派の人たちのように、頭から喧嘩腰で対立姿勢のみを見せるのも賛成できません。谷口雅春先生の教えを継承するというのが建前なら、教団も本流復活派も「和解」について無視できないはずだ、というのが筋です。

 私の個人的な考えですが、ここまで対立が激化したら、今すぐに両者が合流するというのは期待できないとは思います。しかし、不要な対立は避けて、共存共栄を図ることは可能だとも思います。

 これが教団の偉い人たちと本流復活派の活動者たちとの個人的な喧嘩にとどまるのなら、遠くから眺めているのも可能かもしれませんが、谷口雅春先生の正当な教えの継承者を標榜する両者が恥さらしな喧嘩をし、結果、聖典の出版が止まり、世間から笑い者になっているのは信徒としてはたまらないものがあります。

 想像ですが、おそらく、神界の大聖師も嘆いておられると拝察します。

 法人格を取得した段階でも、本流復活派の人たちにも冷静な対応を期待しております。

雑感 (24728)
日時:2020年03月23日 (月) 09時40分
名前:本音の時代

私は、谷口雅春先生が創設した「生長の家教団」と書籍「生命の實相」と「聖経」の関係を第一に考えます。
それは、それぞれが一心同体であるということです。
社会事業団、学ぶ会は、雅宣総裁は書籍「生命の實相」と「聖経」を焚書(絶版)にしようとしているから、護ったというようなことを言います。
私には真実はわかりません。
ただ、雅宣総裁がそのような考え方があったとしても、教団に所属する誌友・会員はそれを認めないであろうと思っています。「今の教え」たるものを受け入れている人であってでさえです。
一方、社会事業団、学ぶ会は、谷口雅春先生が創設した「生長の家教団」から、書籍「生命の實相」と「聖経」を実質上、奪い去り、つぶしに入っているように私は感じます。容赦のない恐ろしを感じています。

教団側も、他社書籍( http://www.ssfk.or.jp/index.html 参考)を取り扱うのなら、光明思想社の書籍「生命の實相」や「聖経」を取り扱う気概を持ってほしいものです。
そのような要望の声をあげない、誌友・会員がいる組織であること自体、本来おかしいことなんです。
教団では、創始者である谷口雅春先生が軽んじられていると思われても仕方のないことです。

 (24734)
日時:2020年03月23日 (月) 13時34分
名前:おぉ♪(’∀`)

ポ語「生命の謎」改版
谷口雅春

👆
購入します!

うのちゃんへ (24758)
日時:2020年03月23日 (月) 20時44分
名前:元職

うのちゃん、俺です。

このスレに書き込もうと思ったけど・・・

おかげで書き込みにくくなってるよ

善処して、争いは他所やってくれないかなぁー

破邪顕正のハンネ使って書き込みは新教団の恥 (24759)
日時:2020年03月23日 (月) 21時13分
名前:元職

表題の通り、いつまであんな名前で書き込み続けるんだろうか

新たな教団が出来たのならば我が道を歩み、多少の批判など気にしなければ良いのに、勝手に解説して和解すべしという意見に

「和解派」などとレッテルを張って語る。

語ることは自由だが、その解説が間違っていたら新教団の恥になるという事が分らないのであろうか。言葉が軽すぎる。

新教団の、副理事長とでも言える人間が匿名で言いたい放題を言うことを、真実の指導者であるA氏は何故注意しないのであろうか。

ときみつる会の代表も、新教連の理事長も、匿名掲示板という無責任な場所では発言も、宣伝もされない。

あたりまえである。責任のある立場の方は自分の行動や発言を匿名を利用して発言することは恥であると自覚されているからである。

あの、谷口雅宣総裁も、いかなる批判を掲示板で言われていても完全に無視をされる。教団理事長も広報も反応しない。当たり前である。それは責任ある公益団体としての立ち振る舞いである。

学ぶ会の副代表なのか広報係なのか知らないが、
あなたの発言が、新教団の評価に直接つなが可能性と重大性を自覚したほうが良いと思う。

あなた以外の学ぶ会の職員や幹部に迷惑が掛からないように言葉を慎むことをお勧めします。

山ちゃんからのメッセージを転載します。 (24760)
日時:2020年03月23日 (月) 21時24分
名前:元職

2020年03月19日17:41

心に赦しがないのか!
今回の破邪顕正さんのコトバで「学ぶ会」本體というより、絶縁状のようなコトバに悲しさが溢れる。
 確かに「谷口雅宣」という失礼ながらどうしょうもない総裁に振り回されているのは悲しい。だが敵愾心がその言葉の奥にある。気持ちのゆとりというものがない。例えば、
【『生命の實相』は「学ぶ会」「生長の家」教団双方の大切なものだと書けなかったのであろうか。】
コトバが間違いだと謂わないが、少し相手に赦す位の余裕のコトバもあればいいのだが、なんとも悲しい。
 大調和といいながら、喧嘩腰にみえるのは私一人ではあるまい。そりゃどうしようもないが、本気で祈っていれば変るかもしれない。
 

当たり前のことなのだろうか? (24774)
日時:2020年03月24日 (火) 08時09分
名前:本音の時代

>あの、谷口雅宣総裁も、いかなる批判を掲示板で言われていても完全に無視をされる。教団理事長も広報も反応しない。当たり前である。それは責任ある公益団体としての立ち振る舞いである。


私は宗教者は、正直・誠実であるべきだと思う。
谷口雅宣総裁に対する批判や意見は、掲示板だけではない。
直接、本人に宛てたもののある。
それなのに、批判や意見はなく、賛同者ばかりいることを装うことや、自分に都合の良い質問には答え、都合の悪い質問には答えないという行動が、宗教者として誇らしいと言えるのだろうか?

破邪顕正さんに叱られました (24800)
日時:2020年03月24日 (火) 13時47分
名前:トキ

 破邪顕正さんが、「和解派」に対してお叱りをされておられます。

"「和解」派の方とのやりとりから見えてきたものNEW (11743)"

 学ぶ会が法人格取得に至るまで努力をされたことは認めますし、教団側の失策が続いた結果とは言え、ここまでの成果を生み出したことは評価します。

 ただ、ここまで大きくなったことは、同時に期待を集めますし、責任も生じると思います。特に、今後、教団が大幅に衰退することがほぼ確実である以上、相対的に本流復活派の存在意義が大きくなります。つまり、今後は、組織外の声にも耳を傾け、多くの信徒の幸福に動く責務が増えると思います。

 今までは、教団に対して好き勝手なことを言えましたが、法人格を取得し社会的にも認知された以上、今後は、教団に対しても寛大な対応をされることを望むものです。

 (24811)
日時:2020年03月24日 (火) 16時55分
名前:転載

矛盾しとるぞ破邪顕正 (24810)
日時:2020年03月24日 (火) 16時54分
名前:ツッコミ

〉それが証拠に、所謂「本流」と目される団体は、「谷口雅春先生を学ぶ会」だけではありません。


その通り、本流は学ぶ会だけや無いんだよ?


〉「谷口雅春先生を学ぶ会」さえ潰れれば、必然的に教団と一つになる%ケしかないですから。


いやいや、学ぶ会以外にも本流はあるって、自分自身が言っとるやん。(笑)
矛盾しとるぞ、破邪顕正。

本当の和解 (24945)
日時:2020年03月26日 (木) 22時57分
名前:通りますよ

「本当の和解は互いに怺え合ったり、我慢し合ったりするのでは得られぬ」

皆さんは、本当の和解をしていらっしゃってるから素晴らしいですね(ニチャア)

 (24960)
日時:2020年03月27日 (金) 03時47分
名前:通りゃんせ

20年も和解できないようでは、信徒さんに何某と和解できないと相談されたらどんな指導をするのでしょう。

和解、和解って言うけれど、みなさんは、教団や学ぶ会は具体的に何をしたらよいと考えているの (24969)
日時:2020年03月27日 (金) 14時36分
名前:本音の時代

両組織のエライ先生方は、
毎日、
祈ってると思うし、
神想観をしていると思うし、
聖経を読んでると思うし、
大調和の神示を読んでいると思うし、
世界平和の祈りもしていると思う。

で、生長の家としては何か良くなっているの?

学ぶ会は、教団への干渉を止めたらよいと思う。
雅宣総裁自身は、「環境問題の話しか、しません」と言っているのだから、雅宣総裁に谷口雅春先生の真理の話を求めても無駄である。環境問題に関係のある雅春先生の言葉が引用されるだけである。
谷口雅春先生の真理を学びたければ、雅宣総裁以外の者たちでするしかない。
教団に残っている人たちは、そういうことを納得しているのだろう。

私は「学ぶ誌」を購読し、学ぶ会の勉強会に参加しているが、学ぶ会には入っていないし、入ることはないと思う。
将来は、学ぶ会と谷口雅春先生が創設した生長の家教団の両方で学ぶことになるかもしれない。


教えて下さい。和解したら、どうなるの。 (24980)
日時:2020年03月27日 (金) 18時33分
名前:本音の時代

雅宣総裁自身は、「環境問題の話しか、しません」と言っている。
それが、変わるのですか?
学ぶ会ができて、何年たったでしょうか。
ときみつる会ができて、何年たったでしょうか。
教団は変わりましたか?
教団は何も変わっていません。
教団の外で何をしようが、教団は変わりません。
教団の中にいなくては、教団は変わらない。
最近、そういう思いが強くなってきました。

山ちゃん様が根本のところを。これがベースにないと延々と問いは続くと思います。どう思われますか (25005)
日時:2020年03月28日 (土) 06時00分
名前:転載ちゃん



「現象有りとして、現象に囚われることによって、現象が瓦解する」これを一般的に「問題、疑問、事件、悩み、苦しみ」等と言います。

そして「現象の空しさを知り、心が現象から解放されて、実相に振り向く」このことを一般的に、「解放、解決、悟り、解脱、自由、喜び、平安、感謝、和解」等と言います。地上天国を構築するためには、その両方の過程を通る必要があるのです。



ただし、ちょっとした気付きで実相に振り向ける人は、それだけ苦しみを味わうことはないのでありまして、「苦しみ」などというものは、絶対的に必要という部類のものではないのです。元来、「実相の神の子」の世界には、「苦しみ」は存在しないのであります。「苦しんでいる」と思っているのは、現象人間の「迷い」が勝手に苦しんでいるだけでありまして、そんなものは本来存在していないのであります。


「迷いの自壊作用」これ自体が「苦しみ、悩み、問題、事件・・・」と感じているに過ぎないのであります。実相は「苦しみ様がない」のであります。


因みに、現象世界、物質世界に対する執着が強い程度に従って、その執着力(牽引力)を脱するパワーが必要となりますので、より大きな「衝撃力」が必然的に発生せざるを得ないことになります。その「衝撃力」が、肉体人間にとっては「苦痛」「悲しみ」「恐怖心」「物質的崩壊」の大きさとなって、感じられるのであります。


つまり、「苦痛」「悲しみ」「恐怖心」「物質的崩壊」の大きさは、一時的に「肉体人間」にとっては、絶えきれないと感じる程の苦しみを与えるかもしれませんが、それは「肉体人間の迷い」が感じているだけであって、「実相の神の子」にとっては、一度たりとも「苦痛」は感じようがないのであります。


生長の家で今、総裁に頼れない、本部に頼れない、組織に頼れない等々の現象が現れていることは、一見不幸なことのようですが、以上のような考えに立つ時、魂の向上という霊的視野から観察すると、不幸でもなんでもないということが分かるのであります。

「不幸」とは、魂的には逆に祝福されるべきことでもある、と言うことができるのであります。


天地一切の出来事に対して、如何なる状況に自分が置かれましょうとも、「良くなるより仕方が無い」「必ずこれによって良くなる」と断言でき得る「信仰」を獲得することが、本来の生長の家の生き方であり、これが「光明思想」なのであります。

この宇宙の大原則は何かと申しますと、当ブログでも再三申しておりますように、「自分の思った通りになる」ということであります。この大原則は、何人も揺るがすことは出来ないのであります。如何なる「暗黒状態」にありましょうとも、「必ず良くなるしかないのだ」と心の底から信じている人間にとって、「暗黒はすぐさま消える」のであります。その人が信じた通りに、その人の周囲には「良くなる」状況しか反映せざるを得ないのであります。

神の子の為すべきは、例え「暗黒」が現れようとも、その瞬間、現象の「暗黒」から心を転じて、「実相」の完全円満な世界を直視する生き方であります。これが出来得るのは、やはり「唯心実相哲学」の真理を学んだ者でなければ、なかなか難しいと言わざるを得ないのであります。

「現象無し」「物質無し」「実相独在」を会得した者でなければ、現象的困難に立ち向かった時に、現象の悪に囚われずに、一瞬心を転じて、実相の光輝く世界を注視する、などという芸当はなかなか出来にくいのであります。

ここに「生命の実相哲学」を学んだ者の素晴らしさがあるのです。そして尚且つ、人類的、国家的、社会的使命があるのであります。現象の悪や暗黒に対する「現象処理」については、それがお上手な方やお得意とする方にお任せすべきと思います。その方々も、神様からの大事な使命を授かっておられるに違いありません。

餅は餅屋に任せておけばいいのであって、私たちは、現象の奥に実在する「実相」を観て、神様の創造されている姿を拝み出す使命に邁進したいものであります。


非常時であればある程、そういう人が随所におられれば、動揺する周囲の人々の中にあって、極めて大きな「希望の星」となり得るのであります。そういう危急の時であればこそ、右往左往して現象に執着する人々があれば、「小僧、待て!」と一喝し、「進むべき道」を指し示すべきであります。

現象の支えを無くして;、「道」を求める人々の心に対して、「現象無し」「物質無し」の一喝と共に、実在するのは「汝の内にある実相である」と、「観るべき道」「進むべき道」を指し示す絶好のチャンスの到来と言えるのであります。


現在、生長の家組織に於いては、刻々形ある頼るべき存在が崩壊しております。今後どのように展開するのか、小生にも知る術はありません。が、もしかすると、さらに頼るべきもの、信頼していた存在が、崩れ去って行くようなことも十分考えられるのであります。如何なる状況が吾らに訪れましょうとも、吾らは何も恐れる事も、心配も要らないのであります。


如何なる状況が現象に現れましょうとも、全てはなるべくしてなっているのであり、起こるべくして起こっているのでありまして、全ての人々にとって、一番良くなる様にしかなっていない、という「神の御心」を忘れてはならないのであります。全ての現象の出来事は、畢竟、吾々の中に存在する「神の無限力」を引き出さんが為の、愛の働きであるのです。

それ以外の事はこの世の中に存在しようがない、ということなのです。全ては「神」以外の何物でもなかったことを、全ての人々は何時か体感体得するよう定められているのであります。この世界は実に素晴らしい世界なのであります。

 (25007)
日時:2020年03月28日 (土) 06時22分
名前:転載ちゃん

>現在、生長の家組織に於いては、刻々形ある頼るべき存在が崩壊しております。今後どのように展開するのか、小生にも知る術はありません。が、もしかすると、さらに頼るべきもの、信頼していた存在が、崩れ去って行くようなことも十分考えられるのであります。


私の見解としてはこの部分は100%同期しているわけではありませんが、「なんらかの見解、解釈、をもつ以前」の根底として、山ちゃん様の諭されることが常態となっていれば、葛藤や強い批判の思いが出るとしても、延々と何十年も持ち越されることは不可能だと思う次第です。

 (25127)
日時:2020年03月30日 (月) 10時10分
名前:思う人

〉「谷口雅春先生を学ぶ会」さえ潰れれば、必然的に教団と一つになる%ケしかないですから。

自意識過剰やなぁ。宮澤先生も貴康先生も眼中に無いんやなぁ。



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