生長の家「本流復活」について考える(続したらば版)

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「阪田成一先生」の過去文、引用 (46864)
日時:2022年01月06日 (木) 05時38分
名前:志恩

掲示板に阪田先生の話題が出ておりますので、それにちなみまして
伝統第二掲示板に
「阪田成一先生」が長崎県北部教区教化部長でいらした時に書かれた文が、
伝統様により掲載されていましたので、

阪田先生は、どういうお方なのか、
皆様に、少しでも知っていただくために、ご紹介させていただきます。

伝統第二掲示板より引用ー

2016/06/16 (Thu)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【生涯を決めた書物  ―  
『聖道へ』 と 『限りなく日本を愛す』  】

『生長の家』(昭和63(1988)年 2月号)より

〜生長の家長崎北部教区教化部長  【阪田 成一】


「青少年時代の読書の種類によってその人の将来の運命を
決することにもなる」 
とは、よく言われることですが、
私にとってもまさにその通りでありました。

中学3年生の時に手にした、谷口雅春先生の著書である 
『限りなく日本を愛す』 と 『聖道へ』 は、
今の私へと導いてくれた掛替のない書物です。


昭和35年5月、未だ祖国日本に復帰されていない沖縄に行く機会を
与えられました。 
私の出身県である兵庫県の坂本勝知事が 
「沖縄へやまびこの鐘を贈る運動」 を提唱され、
県下一斉に1円募金が
展開されました。 

兵庫県民の真心をこめて贈られた“やまびこの鐘”の鳴りぞめ式に
子供の代表として沖縄に行くことになったのでした。 

その際に訪れた先の戦争の大激戦地であった南部の戦跡、
とりわけ若きいのちを祖国防衛のために捧げられた人々を祀る 
“健児の塔”と“ひめゆりの塔” に詣でて、その時聞いた数々の悲話に、
当時の私は強い衝撃を受けました。 

終戦の年に神戸に生まれた私は、こうした祖国の防波堤となって下さった
人達がおられたからこそ、自分がこうして生きてることが出来るのでは
ないかと その時気づいたのでした。

 
沖縄から帰った内地では、日米安保条約の改正をめぐって、
日本全体が安保反対の赤旗に埋まり、文字通り革命前夜の
騒乱の場と化したあの“60年安保闘争”が、激しくなろうとしていました。 

そうした中で、
明石で戦前より熱心に「生長の家」の活動をしていた
伯母の書棚にあった『限りなく日本を愛す』の御本に
出会ったのでした。

中学生の私にはとうてい読み通すことの出来ない難しい内容では
ありましたが、
題名の『‘限りなく’日本を愛す』という言葉が沖縄に行って、
いわゆる日本人としてのアイデンティティに目覚めつつあった私の心に
強く共鳴したのでした。

この本との出会いによって、当時結成されて間もない 
生長の家高校生連盟〈略して 生高連〉に入れて頂くことになりました。 

因みに生高連が結成されたのは、昭和35年5月1日のことです。 
神戸市の西の端にある舞子に住んでいましたが、明石の生高連に
入っていました。 

生高連活動を通して、「生長の家」の御教えを学んで行きましたが、
その頃私達の指導をして下さったのが、今も兵庫県で特務講師として
活躍しておられる  福島正俊講師 でした。 

この方より神想観をすることと、
『生命の實相』を読むことの大切さを
徹底して教えて頂いたことは、実に有難いことでありました。

そして素晴しい先輩にもめぐまれ、多くのことを教えて頂きました。 
教化部長として活躍しておられる 森田征史さん、中田安里さん、 
亡くなられた 濱田雄作さん、これらの方々は大学生として
高校生、中学生の育成に献身的に尽して下さいました。 

私も大学生になって、先輩達のようになろうと思った人は多かったに
違いありません。 
私もその中の一人でした。


その年の年末から正月にかけて、私は、 「伊勢神宮奉仕実践練成会」 に
参加いたしました。 
これは昭和34年9月26日の夜半から27日にかけて、
東海地方を襲ったいわゆる伊勢湾台風によって愛知、三重、岐阜の3県は
史上未曾有といわれる大被害を受けました。 

この時、日本民族のふるさとである伊勢の皇大神宮も
甚大なる被害を受けました。 
神域を包んでいた樹齢何百年という杉の大木が根こそぎ倒れ、
或いは裂け、手のつけられぬような荒廃ぶりでした。

それは、日米安保条約をめぐって国論が左右に分かれ、
国民の精神が大揺れに揺れていた当時の日本を象徴している感が
ありました。 

しかし現行の日本国憲法は、
伊勢神宮を一介の宗教法人としてしまったが故に、
その荒廃を国家予算をもって修復することを許さなかったのです。 

こうした時、谷口雅春先生は 『理想世界』誌 を通じて  
「われ愛国の青年に嘱望す」  という御文章を発表され、
それに応えて実施されたのが 「伊勢神宮奉仕実践練成会」 でした。

この練成会には全国から愛国の熱情溢るる青年たちを中心に、
生長の家信徒が続々と馳せ参じ、遠くブラジルからも奉仕団が結成されて
参加されて、誠のかぎりを尽して復旧作業にあたったのでした。 

谷口雅春先生は、とくにこの練成会のために 
「伊勢神宮の神前に於ける神想観」を授けられました。 

それは天照大御神の大生命と一体なるわが生命を観ずるものでした。

昭和35年12月31日から元旦にかけて、
伊勢神宮の内宮の内陣の玉砂利の上で行なわれた神想観は、
私にとって終生忘れることのない尊い体験でした。 

この伊勢練成会の帰り道のことです。 
5月に開かれる生長の家青年会全国大会で行なわれる
弁論大会の予選に
出ることを勧められ、
兵庫県での予選に出場することになりました。 

まだ中学生でしたから本当は出場権はないのですが 
〈当時は 「中学生ジュニア友の会」 はなかった〉 
4月には高校生になるというので認められました。 

兵庫県の教化部で行なわれた県の予選大会で、
沖縄での体験を中心に発表しましたところ、優勝してしまいました。 
中学生であるということが採点に有利になったに違いありません。 

その時に賞品として頂いたのが、
谷口雅春選集第7巻『聖道へ』であったのです。

主催者は、よもや中学生にこの本が手渡されるとは
思ってもみなかったのでしょう。 
「あなたの好きな本と替えてあげよう」 
と言って下さいましたが、内容の難しい本であるとも知らず、
『聖道へ』という今まで見たことのない題字に、
強く惹かれてそのまま頂きました。 

私はその時、口には出しませんでしたが「せいどうへ」と読んでいましたし、
むろんそれが如何なる意味であるか知るよしもありませんでした。

どなたであったか忘れましたが、「この 『しょうどうへ』と言う本は、
谷口雅春先生の若き日の求道論文集で、生長の家を深く知るためには、
ぜひ読まなければならない本である」と教えて下さり、
その時『しょうどうへ』と読むことを知ったのでした。

全国大会での弁論大会に出場するには、
さらに上の予選大会を突破しなければなりません。 
どういうわけか兵庫県は近畿地方であるにもかかわらず
中国ブロックの予選大会に出場することになっていて、
尾道で開かれた予選大会に出場しました。 

その時は春休み中で、既に高校受験にパスしていましたが、
残念ながら優勝はむろん入賞することも出来ませんでした。 

因みにその時の優勝者は、後に 劇団「春の鳥」を作り、
谷口雅春先生や谷口清超先生の戯曲を上演された
島根県代表の青砥洋さんでした。


ところで『聖道へ』を頂いた私は、その日早速紐解きましたが、
目次を見て今の自分には到底読み進んで行くことすら困難であろうことが
直に判りました。 

と同時に「生長の家」をより深く知るために
必ず読まねばならない本であることも肝に銘じたのでした。

幸いにもその内容が少しでも理解できる機会がその後すぐに
やってきました。 

それは、私がはじめて参加したその年 〈昭和36年〉 の青年会全国大会の
テキストの一つが『聖道へ』であり、さらに尊師谷口雅春先生が、
この『聖道へ』をテキストにされて「若き日の求道生活」と題して
お話し下さったからでした。 

その御講話も当時の私には難しいものでしたが、また幸いにも、
この青年大会の主要な講義がのちに本として出版されたのでした。 

それは『真理は人間を解放する』と題する本で、
これによって『聖道へ』の内容が少し分ってきました。 

さらに有難いことにちょうど『理想世界』誌上でも、 
『聖道へ』をテキストにした御講義がつぎつぎと発表されてゆき、
徐々にではありますが、『聖道へ』の内容も、理解されて行きました。

この本を読み切ることが出来たのは、
生涯を人類光明化運動に捧げたいと決意して、
飛田給練成道場の練修生になってからで、
大学2年になる春休みに一気に読み通しました。


そもそもすべての存在は、
歴史的現実として今ここにその姿を表わしているのですから、
歴史を切り離しては、正しく理解することは出来ません。 

「生長の家」 も同じであって「生長の家」を正しく理解するには、
生長の家が出現するにあたっての、
谷口雅春先生の信仰・思想史を知る必要があります。 

この『聖道へ』には、
谷口雅春先生が「生長の家」の信仰と思想を
創(ひら)かれるまでの、先生の心の歴史が録されています。 

 
生長の家の説く有神論は、現象宇宙 〈物質宇宙〉の創造神を、
仏教的な無明縁起によって完全に否定し去った後に、肯定されたる
有神論ですが、
それに至る先生の思想の発展の過程が『聖道へ』に書かれています。


谷口雅春先生ご自身も「生長の家思想の骨髄を知って貰うためには、
その思想の淵源を知らなければならぬ」〈『佛教の把握』 “はしがき”〉 
と言われましたが、

私もこの機会に自分の生涯の方向を決めた、
この2冊の書物を読み直し、「生長の家」を正しく把握して行きたいと思います。

因みに『聖道へ』が出版されたのは、大正12年2月13日のことです。 

私は偶然にもその初版本をふと入った古本屋で見つけましたが、
その時の感激と言ったら言葉で表わすことが出来ません。 
現在それは 温故資料館 に展示されています。 

谷口雅春先生は「偶然は一つもない。 若し偶然があるとすれば
神の摂理の及ばぬ事物が何処かにあると云うことを
認めなければならぬ。 
そしてこれは神の全智に対する甚しい冒涜となるであろう」
 〈『日輪めぐる』〉 と言われました。 

私はこのお言葉を大切にして行きたいと思っています。


    <感謝合掌 平成28年6月16日 頓首再拝> 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
以上で引用終わります。


志恩ー

阪田成一先生は、
『生長の家五十年史』の編集にも携わられたお方ですが、
生長の家の歴史についてのその含蓄の豊さに関しては、彼の右に
出る者はいないといわれている先生だと、うかがっております。

その阪田成一先生は、昭和21年(1946年)、神戸の生まれで、
確か東大卒(訂正:早大卒でした)で、
谷口雅春先生が 総裁先生でいらした時代の、
昭和43年(1968年)4月に、原宿本部へ奉職されました。

最初に彼が、幹部候補生として 所属した部屋は、
山口悌治先生が上司であった原宿本部の総合企画局です。

私は、当時、その総合企画局のすぐ隣りの部屋の、
白鳩会中央部(婦人局)に在職中でした。

しかし、阪田先生が阪田青年であったその頃のお顔は、ぼんやりとは
覚えておりますが、
私よりも、4歳年下の、当時22歳だった阪田先生とは、廊下で
すれ違った時は、軽く会釈は したものの、実際に二人で直にお話した
記憶はありません。

そして、阪田青年が原宿本部へ奉職したその翌年の
昭和44年の初めに、私は結婚のため、本部を退職しております。

その後、阪田青年は、
他局の本部職員だった 松○ の〇子さんというお方と
結婚されたということは、風の便りで聞きました。

_________________________



(※昭和43年4月に、阪田成一先生が原宿本部へ奉職された時、
白鳩中央部(婦人局)へ私も奉職中でしたが、その頃の娘時代の、
志恩の写真がアルバムにありましたので、一枚だけ
貼らせていただきます。

当時、年の離れた末っ子の弟を連れて、東京荒川区に住んでいた
生長の家の信徒だった伯母の家にあそびに行き、近くの広場で
伯母に写してもらったものです。
私にも、こんな若い娘時代が ありました。)

写真はクリックすると拡大します;

2018年の大真理講演会での阪田成一先生のご講話より一部引用ー (46865)
日時:2022年01月06日 (木) 07時02分
名前:志恩

阪田先生の言葉ー

昭和43(1968)年4月に、元・原宿本部時代の山口悌治先生が
上司である 部署(総合企画局)へ 奉職して、
今は、その時から50年経った。(注:2018 年の時点で)

山口悌治先生は、その後、ほんの少しの間だけ、
東京都の教化部長をされたことがありますが、
山口先生が昭和53(1978)年7月16日に亡くなられるまで、
自分は、9年間、山口先生のもとで仕事をしていた。

それから、長崎やら京都の教化部長、
飛田給の総務(4年4か月間)をやり、
『生長の家五十年史』の編集にも携わった。


_________________

志恩ー
あの当時、22歳だった阪田青年は、今、75歳になられて
いらっしゃるのですね。


 (46866)
日時:2022年01月06日 (木) 09時08分
名前:今年もまた


また年齢の話しか

ごめんね、うのはなシャンソンさん (46867)
日時:2022年01月06日 (木) 09時13分
名前:志恩

>>また年齢の話しか。<<

ほんとだね。
大事な話の途中だったのに、
どうでもいい年齢の話になり、
横道に逸れて、すみませんでした。

たしか・・・ (46878)
日時:2022年01月06日 (木) 14時46分
名前:通行人

たしか・・・阪田講師は早稲田大学卒じゃなかったかな

通行人さんへ (46879)
日時:2022年01月06日 (木) 14時59分
名前:志恩

阪田先生は、
たしか東大卒でなくて、たしか早大卒でしたか..
ご教示、ありがとうございました。

可愛い百合の花 (46981)
日時:2022年01月11日 (火) 01時19分
名前:神の子A

志恩さん、ありがとうございます😊
志恩さん、とても可愛い方なのですね、笑顔に愛嬌たっぷり。若い青年が突然プロポーズしてしまう気持ちが良く分かりましたよ。笑笑
そして、足元がとてもお上品で素敵ですね。


阪田先生についての資料をありがとうございます😊🙏
相変わらず気が利いて仕事が出来ますね。
知らない事ばかりでしたから、夢中になって読んでしまいました。

私の阪田先生の印象は、本当にハンサム‼
それに、あのなんとも言えない、優しい雰囲気。いわゆるジェントルマンと言う方でした。 生長の家教団では、上位1番か2番。本当に素敵な先生で、今だに先生のお顔やお姿が昨日の様に思い出されます。
今で言うなら、生長の家でジャニーズのスターを見たようにトキメキました。笑笑
それだけに、学ぶ会のチラシで見た先生はショック!でした。
沢田研二と同じくらい変化が激しくて。笑笑

ですが、私の中では、いつまでもあの頃の印象が強くて阪田先生と書いてあると読みたくなってしまいます。ありがとうございます😊

まだ全部読めていませんが、
先にお礼まで。

ありがとうございます😊🙏





神の子Aさんへ (46983)
日時:2022年01月11日 (火) 06時54分
名前:志恩

神の子Aさんー
>>私の阪田先生の印象は、本当にハンサム‼
それに、あのなんとも言えない、優しい雰囲気。いわゆるジェントルマンと言う方でした。 生長の家教団では、上位1番か2番。本当に素敵な先生で、今だに先生のお顔やお姿が昨日の様に思い出されます。
今で言うなら、生長の家でジャニーズのスターを見たようにトキメキました。笑笑
それだけに、学ぶ会のチラシで見た先生はショック!でした。
沢田研二と同じくらい変化が激しくて。笑笑<<
ですが、私の中では、いつまでもあの頃の印象が強くて
阪田先生と書いてあると読みたくなってしまいます。
ありがとうございます😊<<


志恩ー
コメント、ありがとうございます。
昔、神の子Aさんが、阪田成一先生に "ときめいて"いらしたのは、
阪田先生が、30代後半の頃でしたよね。

私が阪田先生に最初にお目にかかったのは、
阪田先生が大学を卒業されまして、原宿本部の山口先生が上司であった
総合企画局へ、昭和43(1968)年の4月に幹部候補生として奉職された
阪田先生が、22歳の時でしたが、
その頃の阪田先生の印象は、いかにもお顔の雰囲気が優秀そうな
私にとりましては、"年下の男の子"でした。笑

それから、最近では、
私は(今から4年前の)2018年の1月に開催された「東京大真理講演会」に
参加しましたので
その講演会にゲスト講師としていらして講演された阪田先生にお目にかかり
ましたけれど、
まじかで拝見した阪田先生は、とてもいいお顔を、されていましたよ。
チラシの写真と、生とは、微妙に違うと思います。写真では雰囲気は
なかなか写りませんからね。



 (46984)
日時:2022年01月11日 (火) 07時25分
名前:私物


また昔の少義の話か。

清超先生までは、個人的な体験談も尊んでくださいました。 (46985)
日時:2022年01月11日 (火) 07時36分
名前:志恩

私物さん(うのはな、シャンソンさん)へ

清超先生までは、昔の思い出話も、体験談も、
【小義の話】とは、おっしゃいませんでしたよ。


阪田成一先生は「尊師からの「コール」」に応えられたのでしょうね (47009)
日時:2022年01月11日 (火) 16時37分
名前:アクエリアン

>昭和43(1968)年4月に、元・原宿本部時代の山口悌治先生が
上司である 部署(総合企画局)へ 奉職して、
今は、その時から50年経った。(注:2018 年の時点で)<

昭和43(1968)といえば、まさに、世界中で学生運動が盛り上がっていた時であり、毛沢東の文化大革命の「造反有理」という革命思想が世界を席巻していた時代。

破邪顕正さんの投稿文にはこういう書き込みがあります。
https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=3398
______


例えば、『理想世界』誌・昭和43年7月号、二日の青年法語には「愛国者躊躇逡巡する事なく起ち上がれ」と題して、こうあります。

《何のために躊(ちゆう)躇(ちよ)するのか。今、日本国に危機が近づいているではないか。今日本には、神武天皇建国以来の神聖日本国を打倒して、共産主義社会をうち建てるという使命感のために、学業も、青春の夢もうち棄てて、全身のエネルギーをその運動のために献(ささ)げ尽している若い学生がいるではないか。…中略…神武天皇建国以来、二千六百二十八年、吾らの祖先が営々と築き上げてきた日本国を転覆しようとして生命(いのち)を賭けている此らの青年が暴力を揮って、日本国の基礎を覆そうとしているのに、諸君の如き愛国青年が、今起たずして何時起つべきかなのだ。真に日本国を衛る者は生長の家の諸君のほかには何処にもないのである。》

これはまさしく、尊師からの「コール」ではないでしょうか。

______


私は全く阪田成一先生については存じ上げていなくて、わずか、理想世界誌に、寄稿されていたのを覚えているくらいです。




 (47025)
日時:2022年01月12日 (水) 03時16分
名前:神の子A

谷口雅春先生のお言葉は素晴らしいですね。

人材が、いなかったのか、今の日本は真っ赤か。

宮内庁は役立たず。皇室には小室禍。どうなっちゃうの?日本!という感じ。真っ赤だし。ステイツオブJAPANだし。天皇の御稜威が消えかかっている。元にもどれんの?この日本は、、、? としか思えない現状。

ところで。アクエリアンさんも
教団職員?でしたか? 阪田先生をあまりご存知ないのなら違うかな??

志恩さん (47026)
日時:2022年01月12日 (水) 03時47分
名前:神の子A

志恩さんにとって阪田先生は年下の男の子になりますか。
多分私は、あの素敵な写真の志恩さんくらいの頃に誕生しております。笑笑
私若い頃に、志恩さんにお目にかかっていたら多分、大好きになって、多分ファンになっていたような気がします。とても清楚で素敵な志恩さん。
志恩さんもモッテモテでいらした事でしょうね。

それにしても、雅春先生のいらした本部は素敵な方が、沢山いらしたのでしょうね。その清らかな雰囲気が、何となく伝わってきます。

私が見た阪田先生は実は、30歳後半と聞いてびっくりでした。お若く見えました、でも
確かにはるか年上のお兄さんなのですが、いちいちの仕草も本当に素敵で、本当に全部素敵でした。今の時代と違いますからそんな風に思う事は恥ずかしい事と思っていました。笑笑 それなのに 打ち消しても打ち消しても素敵と思ってしまっていました。笑笑
演壇で話される御立派な、お姿。近くで拝見するハンサムでジェントルマンの先生にドッキドキ‼ 当時、私は、20歳そこそこでしたから、阪田先生は私が密かにトキメイテいた事など微塵もしらない事でしょう。
いえいえ。私の周りの女子職員は、阪田先生は素敵とみな一様に話していましたけどですが。笑笑

いつか、先生の講演会に行きたいです。
志恩さんにも、会ってみたいなぁ。

神の子Aさんへ (47029)
日時:2022年01月12日 (水) 05時36分
名前:志恩

私が知ってる頃の22歳だった年下の男の子の阪田さんが
30代後半になったら、神の子Aさんはじめ、女性にモテモテの
ハンサムなジェントルマンの青年になって、講話も堂々とされて
いらしたのですね。

神の子Aさんは、私よりもずっとお若い女性でいらっしゃることが
わかりました。

阪田先生は、今、全人類にとりましても、生長の家にとりましても、
谷口雅春先生にとりましても、最大に重要なテーマを、ぶち上げて
くださいました。
すごいお役目を担っておられるお一人だと、あらためて
阪田先生を見直し尊敬しているところです。

阪田先生が、一番、おっしゃりたいことは、
生長の家の大聖典である、谷口雅春先生ご自身が作られた
『頭注版 生命の實相』が、

社会事業団が著作権を握っているということで、
刊行できなくなっているという恐ろしい現実です。

『新編 生命の實相』は、著者・谷口雅春先生に許可も得ず、
つまり、「人格的な権利」の法律違反をして、
どこの馬の骨かもわからない、ど素人の社会事業団系の
センスの悪い編集者が、

いろんな自分に都合のいいヘリクツを並べ立てて
勝手に、章立てを変えて
勝手に、装丁も変えて、
勝手に、全巻数も変えて
定価も、頭注版のよりもかなりページ数を少なくしたのに
高い定価をつけて、売っている。

(なのに、新編は、どうも、あまり評判が良くなくて、
売れていないと聞いています。)

で、トキ掲示板の トキさん、訊けさん、tapirさん、その他、の皆様の
ご意見などを読ませてもらったり、則天去私様ブログを読みますと、

阪田先生だけでなく、森田先生も新編のことで、反対されていたそうですが、

阪田先生は、社会事業団に、谷口雅春先生が著作権を与えられたのは、
『生命の實相』の印税を、寄付するのが、主要な目的であった
つまり、著作権に二つあるうちの「財産権」だけだと言うことを
力説されてますよね。

社会事業団が著作権を握っているからと言って、
『頭注版 生命の實相』を、日本教文社からでも光明思想社からでも
いいのですが、
『頭注版 生命の實相』を、刊行しなくていい、この世から消してもいい
ということではない。

そのような権利を社会事業団に託することは、谷口雅春先生は、
されていない。

そのような権利を与えるために、社会事業団に著作権を与えたのではない。
と言うことを言われているのだと思います。

そういう意味で、阪田先生は、

>>「生命の實相の著作権が、生長の家の社会事業団に"託された"」
は間違いで、谷口雅春先生は、
社会事業団の運営のために、著作権の"印税、つまり、収入を
寄付されたのだ"。<<

と書かれているということは、的を射た、正論であると存じます。

社会事業団と学ぶ会と光明思想社の
三社が手を組んで、この世から、抹殺した

谷口雅春先生作の『頭注版 生命の實相』の
復活をと、阪田先生は、魂の叫びを上げていらっしゃるのだと
思っております。

なのに、第二掲示板では、昨日も今日も
破邪顕正さんと護法の天使さんと第二の管理人さんの
三〇〇トリオが、話そらし作戦に懸命です。

阪田先生がおっしゃりたいこと (47030)
日時:2022年01月12日 (水) 05時58分
名前:志恩

【「社会事業団」が保有しているのは、
「著作権」の一部である「財産権」だけです。】

著作者の権利である「著作権」には、

「人格的な権利」

「財産的な権利」の
二つ、があります。

人格的な権利は「著作者人格権」
財産的な権利は「財産権」です。

【「社会事業団」は、
「著作者人格権」は、保有していないのに、
その法律違反を犯している。】

神の子Aさん、ありがとうございます (47036)
日時:2022年01月12日 (水) 09時27分
名前:アクエリアン

>谷口雅春先生のお言葉は素晴らしいですね。

人材が、いなかったのか、今の日本は真っ赤か。

宮内庁は役立たず。皇室には小室禍。どうなっちゃうの?日本!という感じ。真っ赤だし。ステイツオブJAPANだし。天皇の御稜威が消えかかっている。元にもどれんの?この日本は、、、? としか思えない現状。

ところで。アクエリアンさんも
教団職員?でしたか? 阪田先生をあまりご存知ないのなら違うかな??<

神の子Aさんのコメント、いつも楽しく読ませています。

残念ながら教団職員ではありませんでしたが、谷口雅春先生の烈々たる憂国の獅子吼に大いに共鳴し、動かされた人間の一人です。

神の子Aさんも嘆かれておられるように、日本の現状は非常に憂慮すべき状況ですね。

谷口雅春先生が予言されていた「赤き龍」、中国共産党を核とする世界の全体主義勢力がますます人類を支配しようとしています。今回の、遺伝子ワクチンの強制接種の動きも、その一端ではないかと思っています。

このような危機のときに、谷口雅春先生の教えは、ますます、求められるようになってくると思いますので、谷口雅春先生の教えに感銘した人間は大同団結して教えを弘めていかなければ、と思っています。


ありがとうございます (47040)
日時:2022年01月12日 (水) 12時01分
名前:神の子A

志恩さん、ありがとうございます。
話題の、阪田先生の8号の解説ありがとうございます😊
メンドくさくて後回しにしていました。
内容が分かりました、その上で読みにいきますね、
新編の方は、元教文社の社員が作っていました。
私も、何してんだろう?
と、思っていました。あれは、頭注がなかったような。
本当に薄くて値段が高いし、教団がテキストで使用しなければ、時代遅れな記念物になりそうです。

私は、生命の実相は素晴らしいですが、
時代背景が古過ぎて現代の方には、読みにくいと思っています。
練成会で使わないとなかなか読まない気がします。
時代が古過ぎだからこそ頭注は必須ですね。
社会事業団が勝手にいじるのは違うと、阪田先生の御説は正論だと思います。
だいたい、和解が専門の生長の家でこんな分裂するとは。
離れて見ていると理由はいろいろあれど雅春先生の信仰で解決できなかったのだろうか。
とも思います。


でも、我々は絶対大丈夫、良くなる と思っていれば良いと思っています。

谷口雅春先生は、
生長の家の本部は、実相世界の本部が本当の本部と仰っていらしたから
現象のゴタゴタなどいつしか業の自壊で暗黒は消えて、また実相本部から
光明の射す日が来ると信じています。


あと、いつか雅宣先生の出現の意味が知りたい。
終戦後日本がここまで真っ赤になってしまって
雅宣先生の形をとらないといけなかったのかも。とか
いろいろなんらかの理由があるのでしょうかね。

これだけ崩れた意味の正体が知りたいです。

霊界に行ったら雅春先生に聞いてみたいです。




 (49553)
日時:2022年03月20日 (日) 07時53分
名前:色々多角的ご参考に。


見逃し配信です。

 (49554)
日時:2022年03月20日 (日) 08時35分
名前:色々多角的ご参考に。

基本的おさらい。

☑社会主義

社会主義企業が得た利益を国が管理。
国民の給料も国が管理して分配。


☑共産主義

そもそもすべての利益をみんなで共有するという考えが基本。
国が管理する制度自体も必要としないノー管理分配。

 (49555)
日時:2022年03月20日 (日) 08時46分
名前:色々多角的ご参考に。

☑全体主義国家

国民に対する政府の統制の範囲は事実上無制限。

政府は、経済、政治、文化、社会のほぼ全ての側面を管理す。


教育、宗教、芸術と科学、そして道徳と生殖に関する権利でさえ。




 (49623)
日時:2022年03月22日 (火) 15時55分
名前:傍観者たち


 妄想型投稿人で有名な老人だけでなく、
 社会性のある男性まで
 学ぶ会員が奥へ追い込んでいると
 ネガティブなことばかり書くので

 生長の家のトキ管理人が発生させた話題でもあるので
 上へ上げます。
 反論のある方は、別スレを新たに立ててそこで
 いろいろ書いてください。


 (49662)
日時:2022年03月23日 (水) 03時17分
名前:閲覧中

>谷口雅春先生が予言されていた「赤き龍」、

中国共産党を核とする世界の全体主義勢力がますます人類を支配しようとしています。



雅春先生の予言

中国共産党を核とする世界の【全体主義勢力】



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