生長の家「本流復活」について考える(続したらば版)

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則天去私さまの、『生命の實相』発行に関するブログを拝見して (47264)
日時:2022年01月16日 (日) 15時14分
名前:tapir

1月16日の則天去私さまのブログを拝見しました。


http://tecnopla1011.blog.jp/archives/85897564.html


>安易な頭注版『生命の實相』四十巻のそのままの発行<

(中略)

>頭注版『生命の實相』をそのまま発行するというのは、少し乱暴なことはわかります。立葵樣が記載されているように、当時の編輯に対しての疑問であります。現代的仮名遣いを使用されているのは理解しますが、漢字も変更されております。それはどうみても、意味が異なるのではないかと思われるような内容であります。

また、呼び名の間違いや名称の違い、日付の間違いなど様々とあります。それらをどうするのかということです。それらを検討してから発行するならばいいでしょう。だが殆どの人は頭注版『生命の實相』しか讀まれておられませんので、それを理解するのも難しいでしょう。<


立葵さまのご投稿も、「谷口雅春先生に帰りましょう 第二掲示板」で拝見しました。
https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=3407


私見ですが、正漢字を採用するのは一つの見識だと思います。

私共の世代は、先達の講師陣から、求道と伝道のために『生命の實相』全巻を、何度も拝読するようにと、教育されてきました。ただいま、全巻拝読5回目に挑戦中です。

『生命の實相』(頭注版40巻、または愛蔵版20巻)の全巻を読むのが、講師養成の基本だと考えれば、必須のテキストとして、正漢字(旧漢字)に戻すのも、漢字の変更を修正し、呼び名の間違い、名称の違い、日付の間違いなど巻末に注釈を施すのも、一つの見識だと思います。

正漢字について、私個人の経験ですが、『生命の實相』を真剣に学ぼうと思えば、ふりがなさえあれば読みこなすのは、さほど困難でないと思います。台湾の人々と同じ漢字であるというメリットもあります。

正漢字(愛蔵版が底本)を根本聖典の基準にすること、必要な註釈を加えることについて、個人的には反対する理由はなく、用字を愛蔵版にそろえることにも異存はありません。

どちらを選択するかは、読者の多数のニーズに合わせることになると思いますが、編纂には、則天去私さまのように、谷口雅春先生の御著書を深く研究されている真の「教えの専門家」に入っていただく必要があるのは、言うまでもありません。


>その中で、谷口雅春先生御存命中の最後の全集である愛藏版を底本とする新編の用字の試みに注目してをります。(立葵さま)<


新編では、愛蔵版を底本とする用字の試みがなされていたのですね。初めて知りました。

頭注版が発行されたときの漢字の書き変えについて、則天去私さまがブログに書いておられるとおり、ゆくゆくは、最善の漢字遣い・仮名遣いに修正した版を、決定版として発行することにも異存はありません。


但し、従前の生命の實相にかつて存在しなかった篇の並び順を、ページ数を200ページに揃えたかったというだけの理由で採用した現在の「編纂委員会」のやり方は、どう考えても納得が行きません。


>著名な人が名前を連ねているのですが、編集に対して何等疑問を持つ人がいないというのが現状であります。(則天去私さま前述ブログ)<

社会的に著名でも、生長の家の教えに造詣がなければ、肝心の判断を誤るのだと思います。


また、海外の運動との連携を考えると、40巻を65巻に変更することも、好ましいと思えません。きりの良い20巻にするなら、まだ分かります。20巻なら、40巻と内容を対照することは容易です。

世界を見渡せば、ポルトガル語、スペイン語、韓国語、中国語では、既に全巻(40巻)が発行されているはずです。一部の巻しか出版されていないドイツ語、英語でも、今後、全巻そろうことを期待しています。生長の家は、世界人類の光明化運動なのです。

全世界で、40巻(または20巻)、頭注版又は、対照が容易な愛蔵版の、全世界共通の並び順、巻数の生命の實相を拝読できることは、100年後、200年後の長期に考えても、運動上のメリットが大きいと思います。


いちばん大きな問題は、現在、すでに頭注版の発行が止まっていて、出版社から購入不可能であること、愛蔵版も在庫が無くなりつつあり、近々、購入不可能になってしまうことです。


従来通りの頭注版を発行し続けながら、決定版の作成のための準備を、時間をかけて丁寧に行い、原稿が完成した時点で、切り替えるのも一案です。或いは、改訂版ということで、刷り直しのたびに、少しずつ修正を加えるやり方もあるかも知れません。

頭注版、愛蔵版の発行を停止しない、色々なやり方があると思います。

すでに発行が停止している、頭注版、及び愛蔵版の発行を再開するのが大前提であり、その上で、将来に向けて、決定版作成の準備をするのが、現実的だと思います。


新編『生命の實相』をどうするのかと質問が出そうですが、資金が続くのなら、そのまま発行して、頭注版と(または愛蔵版)と並行して販売されてよいのではないですか。立葵さまの書かれている良い点があるなら、一定の需要があると思います。ただし、篇の入れ替えは、著作権法違反が疑われないような手当が必要だと思われます。



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