生長の家「本流復活」について考える(続したらば版)

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★悩みのある者よ 来たれ、 我れ汝らを休ません、 重荷を負える者よ 来たれ、 我れ汝らを憩わせん ☆第127回 令和5年6月10日(土) 13時30分〜 錦糸町深川「生命の實相」勉強会★ (58743)
日時:2023年06月06日 (火) 18時13分
名前:信天翁

下記のとおり、JR「亀戸駅」歩5分の「カメリアプラザ」において『生命の實相』勉強会が開催されますので、お時間の許される方はご参加下さい。


【谷口雅春先生を学ぶ会の理念】

・尊師谷口雅春先生の御教えを忠実に学び継承し、広く普及伝達する。

・立教の原点に立って光明化運動を推進展開し、「本流の復活・天皇国日本の実相顕現」を目指す。 


日  時  令和5年6月10日(土) 13時30分から16時40分まで 
     
場  所  カメリアプラザ6階 亀戸文化センター第3会議室
   (JR総武線 亀戸駅北口 歩2分)

【カメリアプラザ】 https://www.kcf.or.jp/kameido/access/

参 加 費  1,000円 (青年500円、ご家族二人目から500円
     
講  師  坪内先生(学ぶ誌28年4月号P24及び29年1月号P60に、講師名掲載)

講  話  「親が変われば子供が変わる。」

レ ジ メ  作成中

テキスト  月刊「谷口雅春先生を学ぶ会」誌 令和5年6月号

今後の予定  
       〇7月22日(土) 13時30分から16時40分
        カメリアプラザ9階 商工情報センター会議室

       〇8月12日(土) 13時30分から16時40分
        カメリアプラザ9階 商工情報センター会議室

       〇9月9日(土)  13時30分から16時40分
        カメリアプラザ6階 亀戸文化センター第3会議室

連 絡 先   hakuba7hl@gmail.com (事務局 行方)

今時だから (58760)
日時:2023年06月09日 (金) 01時32分
名前:元信徒


zoomなら参加しますか、
ありますか?

主催者に確認しました。 (58768)
日時:2023年06月09日 (金) 11時52分
名前:信天翁

現在のところ、ウェブでの公開は、考えていないとの事です。

ご了解下さい。(合掌)








「子供は親を選んで生まれてくる」(池川明)日本教文社2007年刊 (58846)
日時:2023年06月12日 (月) 00時03分
名前:信天翁

いつもながら的確な引用だと思います。


最近は、あまり聞きませんが、一時は映画にもなっていて、渋谷まで見に行った記憶があります。

アマゾンで検索すると沢山本をだされていますが、日本教文社からも出ているとは知りませんでした。


池川さんは横浜の産婦人科医の方で、小さな子供が、胎内の記憶や生まれる前の記憶を語る事実を沢山集めて書かれています。


子供が知るはずのない事実を語っている事が多いので信憑性は高いと思われます。


子供の側からも、親の側からも、「子供が親を選んで生まれてくる」という事が分かるだけで、親子間の問題は、かなり解決するような気がします。


「ガチャ親」とか言って、偶然に今の親の元に生まれてきたと考えれば、不平や不満が多くなるのは当然です。

「親愛なる谷口貴康さん」・・・祖父からの手紙 (58856)
日時:2023年06月12日 (月) 18時54分
名前:信天翁

「一寸先に光は待っていた」(谷口貴康著)光明思想社刊

谷口貴康さんがお書きになられたこの本は、光に満ちていて、読むと自然に心が光に満たされる素晴らしい本です。

でも、このような詩が書かれているとは記憶にありませんでした。



「親愛なる谷口貴康さん」

(貴康さんが交通事故で入獄するときの雅春先生の手紙だそうです。)



「貴康君を愛する詩」


もうわたしも83歳

せめて生きている間に、

君を立派な人間に育てることが

わたしの生涯の最後の願いである。


一度、刑を受けたからとて卑下することはない。

人生は、あらゆる体験が自分の魂を肥やす肥料となるのだ。


あのスターデーリーを想ってみるがよい。

彼はキリストの幻を土牢の中で見た

その声をきいて「自分は神の子だ」と悟った。

この悟りが大切だ

彼はついに聖者の如くなった、

獄舎の中にいても、

多くの囚人を真理に導くことが出来た、

看護夫となって病囚を祈りで癒すこともした、


君はスターデーリーのごとくにもなれるし、

もっと素晴らしい人間にもなれるのだ。


あらゆる経験は、

君を崩折れさせるためにあるのではない

君を

普通人よりも、もっと高くあげるために

“人生”という不思議な力が

圧力を強く君を上からおさえる、

抑える力が強ければ強いほど

君は、その反動で、一層高くあがるのだ。(以下略)

(同書P63〜69)

 (58857)
日時:2023年06月12日 (月) 19時23分
名前:入獄とは?

貴康さんが入獄されていたとは知りませんでした

被害者はその後どうなったのでしょうか?

どのような償いを為されたのでしょうか?

自分で本を購入して一人静かに著者とお祖父様の雅春先生を思うべし (58865)
日時:2023年06月12日 (月) 21時27分
名前:よりによってトキ掲示板でこれ以上詮索する話題ではない

著者の内面の極みと雅春先生や輝子先生や清超先生や惠美子先生の苦悩と慈愛

こんな繊細な告白をよりによってトキ掲示板でこれ以上詮索する話題ではない

自分で本を購入して一人静かに著者とお祖父様の雅春先生を思うべし

紹介してくださった信天翁さまありがとうございます。
詳細は各自にゆだねてくださいね
よろしくお願いします

光明思想社刊

「四無量心の展開」(主として「捨」徳による新生について)善と福との実現第7章から (59156)
日時:2023年06月21日 (水) 19時48分
名前:信天翁

「善と福との実現」というご本は、目次を見る限り、あまり興味をひかれる内容ではないので、もってはいましたが、いままで読んでいませんでした。

この「四無量心の展開」という第7章も、最初は「慈・悲・喜・捨」の四無量心の内容の解説が7〜8ページ位続きます。(よく分かりません。)


しかし、その後で、谷口雅春先生が一人娘の結婚相手を決める微妙な心の動きから、お嬢様の心の苦しみを見られ、自ら離縁状を書いて郵送し、新しい結婚相手を決めるまでのご自身の生生しい体験が赤裸々に語られていることを初めて知りました。

最初は、なぜここにこのようなことが書いてあるのか理解できませんでしたが、よく読むとこの具体的なご経験自体を四無量心の実例として書かれていることがやっと理解できました。


講師のレジメでは、旧版谷口雅春法話集6から引用されていましたので、何か重大な変更があるのかと思い、旧版を買い求めて読み比べましたが、特に変更は無いように思われました。

でも、谷口先生のお心は、旧版の方がよく伝わってきましたので、旧版から引用させて頂きます。(ただし、旧字は、変換が難しいので、新漢字新仮名遣いにさせているところが多いです。)

(以下引用ですが、講師のレジメの再引用ではなく、御本からの直接の引用ですから、引用箇所は私の独断となりますことをご了承ください。)


「離婚は悲しいことであり、離縁は痛ましきことである。私にも地上の悲しみがある。私を、天上の御簾の奥にある寶座に坐って如意自在の法悦三昧にふけっている神様だと思っている人があるかもしれないが、私の實相は「神性」であり萬徳圓満具足している「佛」であるが、現象の私はなお悩むのである。」


「みずから悩むことによって多くの人達の悩みを知る。私は自分の妻と子供の病苦をみずから征服することによって多くの人に病苦征服の道を教えて彼らを救うことが出来たのである。」


「真に体験を通してのみ悲劇が如何ほどのものであるかを知ることが出来る(悲徳)。」

「それは、私に使命的に課せられた課題だということが出来る。(中略)私はひとつひとつそれを解決することによって、人間苦は斯くの如くにして解決し得るものであると云う具体的解決法の模範を示すべき使命があるのである。」


「みずから苦しむことによって他の人の苦しみを解決し(悲徳)、他の人に楽なる生活を開示しなければならない(慈徳)。そのためには實相を観じて喜ぶ法(喜徳)と、行くべを行かしめ、捨るべきものを捨てしめて、解放によって相手を救う(捨徳)がある。」(中略)


「私は娘の結婚について、娘に対して強制はしなかったが、兎も角も此の人ならばと私が選んだことに於いて責任があったのである。娘は私を尊敬し、信頼していたから、私の選擇については間違いがないと信じていた。」

「摂理の方から云えば、それはあるべきものがあるべきようになったのでかるけれども、私に少し間違った選擇があったことは否定できない。」


「それは戦争最中であって、健康にして優秀な青年男子は悉く招集せられて第一線に往ってしまふ。今夜結婚して、明日戦場に出発する儚く淡き契りすらも、至るところに見出されたのである。私は、自分の娘にそう云う悲しい別れの思ひをさせたくなかったのである。」

「私の愛情はあまりに人間的であったと云い得る。」


「そこで私の選んだ娘婿は、健康に故障があって決して戦争のその血生臭い殺人又は被殺人世界に行かないですむ永久兵役免除のような青年であることを第一にしたのである。そして、生長の家へ来れば病気は本来無いのだから健全に復帰せしめ得る。・・・随分私は蟲の良いことを考えたのである。」(中略)

(続く)


「四無量心の展開」(主として「捨」徳による新生について)続 (59159)
日時:2023年06月21日 (水) 20時42分
名前:信天翁

「けれども摂理の手は不可思議である。何処にも欠点がないはずの婿を迎えながら、私の娘は段々痩せて衰弱して行くのである。」

「家内は時々心配して、娘の日記を読んでいたが、或る日たうとう耐え切れなくなったものらしく「此の娘の日記を読んで見て下さい」と云うのである。

「それを讀んだとき私は驚いたのである。娘は切々たる言葉で、『自分は永久にその苦しみをつつんで他の人の幸福のために生きてゆこうと決心している』と云う意味を書いている。そこには縷々と愛し得ざる悩みが述べられているのである。」

「『愛し得ないのは、自分が相手の圓満なる實相を見ないからである。本当に悪いのは自分である。(中略)相手がよくなってあらわれないのは私が悪いのである・・・』そう云う意味のことが切々と述べてある。」


「私は静かに起こりつつある事物を観察したのである。娘や婿の心に起こりつつあるものが如何なるものであるか、人を指導するに慣れている私にはハッキリとそれがわかるのである。」

「娘は愛し得ない良人を愛せんと努力して、一生努力を続けて愛して行こうと決心している。『自分ひとり不幸になったら、父母にも迷惑をかけず、良人の幸福も傷つけずして生涯をすごすことが出来るのである』そいいう言葉が彼女の日記の諸方に散見しているのであった。」

(中略)


「私が此の青年の陥っている業縁の苦しみから彼を救いださんがために彼の父母に離縁状を送ったのは学徒動員に往っていた彼が、昭和20年の6月の末頃會社から休暇をもらい北海道の親許に帰ったときであった。」

「それは私のように宗教家として、最も名聞を憚るべき筈の者としては、自己の名聞を捨て、外聞を顧みず、両人をあるべきように開放する一大勇断だったのである。」

「両人を永遠に錯綜の中に苦しめて置きながら、『私の家庭は調和しています。』と云うような外観を装う事もすれば出来るのだけれども私はそれを敢えてしなかったのである。」


(中略)


「四無量心の展開」(主として「捨」徳による新生について)続2 (59183)
日時:2023年06月22日 (木) 18時50分
名前:信天翁

娘は何を悩んでいたかと云うと、「自分は父の教えを傷けた」ということであった。

(中略)

しかし、捨つべきものは捨てなければならないし、別離の悲しみも、苦しみも、自責も、人生の無常も、体験として味わわなければならぬ時は摂理としてそれがやってくることを知らなければならない。

(中略)

私の娘の運命をきりひらくことは、ただ自分の娘の運命だけの問題ではないと思った。私の娘と同じような境涯の幾十萬人の夫人の運命をひらいて見せるために神が私に斯のような課題を与えた。

「人間は再婚でも何でも、みずからを不幸にわざと押し込め鎖ざさない限りは、無限に新たなる幸福が待ち構えているものである」という真理を実際に実現して見せることによって、幾十萬人の再婚の夫人の運命を救うことになっているのである。

これは、初婚の良人と生きて別れた女性だけの問題ではないのである。応召した良人に死別した女性の再婚の問題の解決は、今後の日本の女性にとって由々しき問題を提供しているのである。


「どうせ私は再婚だから幸福な結婚は出来ない」と自分の運命を縛っている女性のために、再婚は決して神の掟に反くものではないこと、過去はないこと、人間は常に「今」新生するものであること、そして人間はいつでも永遠の処女であり、永遠の神性であるから、どんな時にも、最大の幸福生活を希望する自由と権利とを神から与えられていること・・・この真理を、ただ説くだけではなく、生活に実践しなければならない。

それは、私の娘の運命を救うと同時にそれを模範として、幾十萬の若き日本の未亡人を救う事になるのであり、それこそが神が私に解決すべく課したる処の課題であると。


私は、その時、一人の青年の姿を私の娘の良人として思い浮かべた。そしてそれは成就した。

彼の名は荒地清超と云い、・・・・・(以下略)


これは、「捨」徳によって人の幸福に道を拓いた實例である。





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