歌帖楓月 |
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ブルックリン: 前回、突然決定した番外です。管理官は、ゼルク中将と一緒にウータイへ出張です。
ジェニファー: どうなることやら。ではどうぞ。
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「戦慄! 武道家達の巣ウータイでファイト一発」
ウータイは、首都ミッドガルのはるか南西にある山岳地帯。 昼は灼熱、夜は零下、空気は乾燥し、生物を拒む。 緑まばらな高い岩山が連なり、そこに居るものを責めるように屹立する。 ウータイ、ここは、武道家たちの集落。 厳しい気候も峻烈な地形も、全て、絶好の修行の場。 「では、件の宣誓書をそちらに預ける」 「では承諾書を差し上げます。ご保管ください」 国軍中将ゼルクベルガーは、ウータイの当主と、文書を取り交わしていた。 ウータイの当主は、集落の中央にある五台の塔の最上層に住む。 初めて彼に会う時は、塔の各層を護る武道家たち「五聖」と闘い、許可をもらわなければならない。 強い者だけが、ウータイの当主と会うことができる。 強さこそ力、これがウータイの不文律である。
一方。塔の下の広場では……。 「あーはっはっはっは! 笑止! 笑ーー止! そのようなヒョロヒョロ拳では、この、鶴翔拳(かくしょうけん)の師範代であるソンボイの髪一筋すら傷つけることできんわ!」 「いやいやいや。僕はただあなたの頭にくびりつけられているディスクを取り返したいだけでしてね?」 細目細身の男を前に、ガイガー管理官が立ち往生していた。 「あの、お願いですう。ディスク返してください。それがないと、」 ごつい熊のような管理官は、純情な乙女のように、上目遣いで相手を見た。 「おうちに帰してもらえないんですぅ!」 「ぐお!? 気持悪い男だなお前!? せめて外見と違和感ない振舞いしろよ!」 ソンボイは、ガイガーのしぐさに不快感と寒気をおぼえて鳥肌を立てた。 「その性根叩きなおしてくれるわ! 行くぞ!」 男は、鶴のように、なよやかに細い体をしならせて、足払いをくれた。 「そいや!」 「きゃあん!」 ガイガーは、内またで飛び上がった。 広場には、ソンボイと同じように頭にディスクをくくりつけた男たちが10人ほどいた。 「気持悪!」 「おえ!」 一斉に不快感をおぼえた。 「もおう! みんな、そんなに気持悪がらないでん? ローズ泣いちゃうーん!」 ガイガーは、甲高い裏声で言った。 「気味悪いわ!」 ソンボイは、つぎつぎと蹴りを放つ。高低中、さまざまに高さを変える。 「きゃーあ! きゃー! 中将、助けてぇ! エミリこっわあい!」 「何を言うておるんだお前は!? お前の意味不明な叫び声の方が恐いわ!」 ガイガーは、内またで後方へ逃げる。 逃げるが、広場をぐるりと取り巻く観衆に退路をふさがれた。 彼らは失笑しつつ、言った。 「とりあえず、こっから出すなって、国軍中将殿が言ってましたんで」 「駄目っすよ?」 ガイガーは、しおしおと広場にへたりこみ、両手で顔をおおって泣きまねをした。 「ひどいわ。ひどいわひどいわ。……あたし何にもしてないのに? どうしてみんな、あたしをいじめるの? あたしは不幸。どうしてあたしにばっかり、不幸がくるの?」 「何言ってんだこの男?」 観衆の一人が、思わずつぶやいた。 ガイガーの背後、広場の中央から、ソンボイがやってくる。 「ふふん。ではとどめといくか? 弱いものいじめは、もう、してはいけないことになったからな?」 管理官は立ち上がり、細身の男を振り返った。 「意地悪ー。僕、文官なのに?」 軟弱な返答をもらったソンボイは、眉間を震わせた。 「私だってなあ! 貴様みたいな弱虫と手合わせしたくないわ! だが中将殿の希望であるからこそ、こうして仕方なくやっておるんだ! あー、むしゃくしゃする! さっさと片付けて家帰って酒飲んで屁ぇこいて寝たいわっ!」 「よし、じゃあスポーツ対決はいかが? 僕文官だから、体動かすのって、休日にちょこっとスポーツするくらいなのよね? 職場の人間関係のストレス解消のために」 「うるさーい!」 ソンボイは飛び蹴りを放った。 鶴のように細くするどい右足が、ガイガーの眉間を狙う。 ガイガーは顔色を変えた。 「やだバカ、顔は駄目よ! あたし(ある意味)女優なのよ!? だめえええ!」 ソンボイの足が額に届く瞬間に、管理官は彼の足首をつかんだ。 「ってなことで、行くぞおスポーーーツ! そーれレシーーブ&トォーーーーース!」 ガイガーは、ソンボイの両足首を、両手でつかんで、真上に放り上げた。 「うふ! わたしエミリは、中将様に、お・ね・つ! とか言いながら陰では医師をしばき倒す女の子の二面性ってどうですか?『われ、きっちり落とし前つけんかああーい!』 でもそんな女の子に騙されてみたいおじさんなの僕。 はい。アターーーーーーック!」 熊男は、降ってきた鶴男を見上げると、まぶしい太陽を浴びながら、にっ、と笑った。 そうして、ソンボイの頭に掌拳を見舞った。 「ぐっはあああ!」 ソンボイは、今度はガイガーの前方にふっ飛んで行った。管理官の手には、ディスクとそれをくびっていたヒモが有った。 「スポーツ、万・歳」
ゼルクベルガー中将は、誓約書を手にして塔を降りた。 かつて、ロイエルに出会う前にここへと派遣された。 ウータイは火の海だった。 外部の人間を寄せ付けず、内部の弱者を焼く、浄化の炎。 武道家たちと軍は闘った。火の中で。志を賭けて。 今、火は消えた。 暑いが、もはや熱くはない。 当主は誓約した。これからのウータイの在り方を。決して、火と共には無いことを。 中将は、五台の塔を出る。 当主は武道家をまとめる主。彼らを命のふるいにかける者ではなくなった。 やっと肩の荷を下ろしたゼルクベルガーへ、広場にいる親友の声が届いた。 「『やだ駄目どうしてそういうことするの!? 中将の意地悪! だからそういうこといきなりしないでって言ってるのに!』『意地悪? 心外だな。嫌なら別のことしてあげようか?』 んでもって、今度はバドミントンだ! ミントン、ミントン♪ ハイクリアーーーーー!」 」 声と共に、小太りの若い男が、ゼルクベルガーの目の前に降ってきた。ぼてっと音を立てて、男は一応きちんと着地し、そそくさと逃げていった。 「ガイガー」 中将は、笑いながら、広場中央に立つ熊のような男に、良く通るそしてひどく冷えた声を投げた。 「ハイクリアって、何だ?」 ガイガー管理官は、取り返したディスクを手に、陽気に笑って答えた。 「ミントン。もとい。バドミントンの打ち方」 「今何をしている?」 「スポーーツ。僕、文官だから、君みたいな武闘派じゃないの。それでも、強いて『スポーツ派』になって、武道家さんとスポーツ勝ー負。次は、高飛びにする予定」 「で、その前に声色変えて言っていたのは何だ?」 「ああ、あれは呼吸音と同じだから気にしなくっていいよ」 ガイガーには、ディスクを頭に付けた次なる男が勝負を挑んだ。 「私は松泉拳免許皆伝ジェオ! 勝負!」 「はい勝負。次は高飛び勝負だ! 行くぞー」 次なる異種間競技が始まった。 ゼルクベルガーは塔を出て、広場中央へ、つかつかと歩いていく。 「そおりゃあああ! 松泉拳奥ーー義! 『松露万時勇(しょうろまんじゅう)』!」 数多の高速の拳がくりだされる。 「なんのなんの。こちとら陸上競技もいけるもんね。『もういい! 明日学校があるんだから!』『明日は、先週水曜の祭日返上行事の振替え休日。知ってるよ?』『もう! いいの、もうやめるの!』『じゃ、君が離れなさい』『だったら中将が手を離して』『君が離れたらね?』「何それ! 中将どうしてそういう意地悪するの?』 ちょっと長すぎだよ、はい、ベリーーーーロオオオオオル!」 管理官は、月面宙返りをして拳をかわした。 ゼルクベルガー中将が、無言で管理官の後頭部に拳を振るった。 「あいた」 親友が頭を抱えてしゃがみこんだのを見て、中将は松泉拳免許皆伝のジェオに、下がるように頼んだ。 「長い呼吸音もあったものだな? 止めてやろうか永遠に?」 親友の冷たい炎の言葉に、ガイガーは顔を上げてしかめる。 「何あんた? 僕の生存権を脅かす気? うわ公務員が何言うのさ信じられない。あなた国民の幸せのために生きてんのよ?」 「お前に言われたくないな。どうしてウータイでスポーツ勝負だ?」 「だから、さっき言ったように僕文官で……ねえ、それよか気にならない? 呼吸音のこと。げんこつ振るうくらい平常心どっかやってたみたいだけど、今」 「それ以上口をきくと研究院の魔法使いを出すぞ?」 「べーだ。うち管下の術者さんもいるもんね? 最近のネタばらされたから怒ったの? あの後あんなことするから、予想通り平手くうんだよ? 学習能力ないねえ君? 口切ったの治った? でもよかったじゃないの、それでロイエル君がびっくりして『ごめんね中将、痛くない痛くない?』って一晩中……」 「アインシュタイン。こいつを黙らせろ」 空が、きらりと紫に光った。 「ベリーローール ベリーローール」
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ジェニファー: ……だから、帰ってきた管理官「ベリーロール」しか言えなくなってしまったのね。
ブルックリン: 次回は「ベリーロール」尽くしになりそうです……。それでは、また次回。 |
(79)投稿日:2004年07月14日 (水) 23時08分
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