[51] 小ボリとニパ (触ってるだけ) |
- 七梨子 - 2007年05月10日 (木) 02時16分
ことの始めはいつものような他愛のない内容の会話を交わし、小突きあったりボフボフされたりのニッパとボリのじゃれ合いだった。だがニッパが幼児相手にするように、ひょいと持ち上げようとしたのを振り払った弾みに力加減を誤り跳ね飛ばしてしまった。 「大丈夫か!」 思わず駆け拠って助け起こそうとしたときには先ほどまでのふざけあっていた雰囲気は吹き飛んでいた。 「…そんな顔しなくたっていいって。」 壁にぶつけた辺りを軽くさすりながら、並んで座ったところで居心地の悪さが2人を襲った。その空気を振り払うように、ニッパは努めて明るい調子で言葉を続けた。 「やっぱ本気で反撃されたら敵わねぇわ。」 その言葉はニッパの本音でもあった。ボリングが手加減してくれるという安心感あってのふざけ合いなのだと言うことが改めて思い知らされたのだろう。 「まぁな、お前は生身なんだからしかたねぇだろ。それに、怪我でもさせたら隊長に殺されそうだしな。」 「…何だよそれ…」 隊長絡みの発言には気を付けようと思っていたのにまた余計なことを言ってしまったらしいことをボリングは不本意そうなニッパの声に感じた。 「隊長は俺のことを対等な相棒としてみてくれてるんだ。そんなんじゃねぇよ。」 一瞬剣呑な光を帯びた目が次の瞬間には新しい悪戯を思いついたかのような表情にかわった。
お前そんな身体だし最後まではナシな、と言いながらさっさと服を脱ぐニッパを見てボリングは自分が知っている姿との違いに月日の流れを実感した。かつて己が組み伏せた頃不摂生のため病的に痩せていた身体は、今は痩身ながらそれなりに筋肉もついた大人の男のものだった。 「何だよ、別に初めて見るって訳でもないだろ。それとも、もう興奮してきたとか?」 馬鹿いってんじゃねえと軽口を返しながら服を脱ぎすてたボリングは、今更ながらその体格差にふと寂しさを感じた。
直に触れる人の肌が心地よく、こういうのもアリかなと久しぶりのその感覚を享受しながら、「やっぱ可愛いかも」という声にふと視線を上げた。 嘗て互いに傷を舐めあうように、その上さらに傷つけあうようにして繋げた身体が今はただ触れ合っているだけで暖かく感じられる。そう、ただ触れ合っているだけで…でもどうせならもうちょっと先にも進んでみたいような気もするかもなぁ… 「危ねぇっ!」不意に、テツグンテが変化しはじめる感覚に、ボリングは思わずニッパを跳ね退けた。一瞬、何が起きたのかと驚いて素に戻ったニッパだったが直ぐに状況を理解した。 「あ―…、興奮したら固くなる、って奴?」 雰囲気をぶち壊したその行動が、己の身を傷つけないようにという気遣いからのものであることを認識し、ニッパはベッドの隅に逃げる形になっているボリングに覆い被さって囁いた。 「まったく、仕方のないオコサマだな。」 そのまま寝てろ、とニッパはベッドの上に乱れ散り身体にも纏わり付いた長い髪をかき上げひとまとめにしながら言った。 「コレ、やったことないだろ」そう言うと肩口から前に流した髪の束をさらりと広げ、横たえたボリングの全身をゆっくりとなで上げるように這わせ始めた。 (こ、これは、なかなか…) 未体験の感覚にぞくりとしたものを感じ半ば驚いて見返すと、してやったりといった表情でにやりと笑う顔があった。 (…隊長の…スケベ親父…っ) 馬鹿みたいに長く伸ばした髪の理由がこれか、と脱力するような、2人のプレイ内容にあてられたような思いには、僅かに嫉妬が混じっていた。 その後、首元から胸元へ、段々と移動していく茶色い頭を見ながらそれに触りたいという強い思いが沸き起こった。 (あの髪に指を通し、絡ませたい。あの柔らかさを感じたい――)
皮肉なものだと思った。この手が人間のそれであったとき散々手荒く扱っていたのが、今は壊すことを恐れて触れることすらはばかられる――。 触れたいという欲望と傷つけてしまうかもという不安が混ざり合い、硬直してしまった腕をそっと掴み、ニッパはその手の部分を自らの髪に差し入れさせた。サラサラとした滑らかさを感じ、質感こそ金属のままながらほぼ人の手の大きさに変化させることのできた己のテツグンテを見つめ、ボリングはどうしたものかと戸惑っていた。 「そのまま、ゆっくり動かしてみて」 おそるおそる指を絡ませ、静かに流れに沿わせる。それ、気持ちいい、という声が遠くに聞こえたようだった。 気がつくと自ら手を差し入れてその手触りを感じながら何度も何度も髪を梳いていた。
「随分慣れてきたみたいだな。」 「そ、そりゃあ、四六時中付き合ってる自分の手ですからね。いつまでもでかいままじゃあ不便で仕方ないですよ。」 突然かけられたバルの言葉に、テツグンテを初めて人の手の形にキープできた時のことが思い出され、挙動不審になるのを必死で抑えながら応えた。 「これも日々の鍛錬の成果ってやつですかねぇ、見た目はまだまだですがこれだって…」 「――アイツだろ。」 バルは席を外しているニッパの方へちらりと視線をやりながらこともなげに言い放った。ボリングととニッパのことな既にお見通しだったのだろう。 「や、あの、なし崩しというか、何というかそんな雰囲気になっちゃって、その――」 「非難してるわけじゃねぇよ。別に束縛してるつもりはないしな。アイツが自分でやりたいと思ったからお前とやったんだろ。それに…」 淡々としたそれまでの雰囲気を一変し、真正面に見据えながら言葉を続けた。 「まさか無理強いしたんじゃねぇんだろ。」 嫌な汗が背中を流れるのを感じながら必死で否定しつつ、いっそ束縛してくれた方が周囲としては助かるかも、とボリングは心の中で叫んでいた。
「お茶入りましたよ〜って、あれ?どうかしたんっすかぁ」 そんな2人の緊張感を知ってか知らずか、すっとぼけた顔でニッパが戻って来た。なぁに、こっちの話さ、とさらりとかわした隊長と幸せオーラを漂わすニッパを見つめ、誰も立ち入れない2人の絆を感じとった。 (ここまで見せ付けられたら素直に喜んでやるしかないよなぁ) ボリングの知らない5年間はニッパにとってあの後悔と自責の念に塗れて過ごした日々を埋め合わせて余りあるものだったのだろう。 (でも、ちょっとは妬けるよなぁ…) 器用にカップをつかめるようになった己の手を眺めつつボリングはそんな感想を抱いていた。

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