[52] 空気読まずにクレン視点でドリバイ(要素はごめん結構少ないっす) |
- nana子 - 2007年05月11日 (金) 19時18分
「クレンっ!クレンっ!!クレーン!!」 朝から騒がしい声が廊下に響いて、歩いてた足を止めて振り返る。ガシャガシャと、鳴るカウンタビの音はもう慣れたものだったけれども、こんな嬉しそう(に私を呼ぶよう)な声は、この耳には慣れないものだった。 「どうした、バイス」 「ニン!」 バイスは私の目の前で立ち止まり、笑ってくれた。別に私がそう頼んだわけでもなく、目の前で。弧を描いた唇の間で、白い前歯が覗いて見えて、それはいつも目立つものだったけれども、わざと無理やり出すように意識しているのか、いつもこうして顔を見るよりも、前歯に目がいく。「……‥?」意図がわからなくて、私は首を傾げた。バイスも同じ方向に首を傾ける。 そしてバイスのテツグンテの先が素早く動いて、私が見ていた白いものを指さした。どきり。 見ていたことがばれたのかしら。でもそんな、ことを気にするような性格でもないだろうに。そう思った私は、正解だ。バイスはにこにこして、こう言った。
「アニキが、これ、面白いって言ってくれたんだぜ!」
「……‥前歯をか?」
「そうだ!前歯っ!」
「おもしろいって?」
「おもしろいって!」
バイスはにこにこ。笑ってる。 ああ、本当にうれしそうだ。この目はいつもこの顔を見ているけれども、こんな笑顔はこの目に慣れない。慣れてない。ぐらい、嬉しそうだ。 「…そうか、良かったな。」 そうか、と私が言うまでに少し間があったのは、ただ少し、うん少し。引っかかったところがあるからだった。 「へっへっへっへっへー!」 でも嬉しそうだから、うん。よかった事だ。胸に留めておこう、と思ったところで、バイスの目が変わった。大きく見開いた。私は不思議に思って振り返ると、小柄な二人が歩いてくる動きが見える。振り返るのと同時に、右側の口が開くのも。 「クレン、ペチカがお前を探してたぞ」 「チェンっ!ペチカーっ!」 ガシャガシャ。廊下に大きな音がまた聞いたことのある響く。フラッシュバック?いいえ、ただ耳に慣れた音だから、そんなものはただの錯覚だ。バイスは私にしたように、私たちよりもずっと小さな体の二人に駆け寄った。チェンの細い目が微かに丸まったのが私の目には見える。あと私を見つめるペチカの顔と、少しだけ小さく(見えるように)なったバイスの背中と後ろ髪。 「ニン!」と、バイスの声 (私にはもう見えないが)バイスはにこにこ。笑っている。 私がペチカとの距離を縮める間、チェンとバイスは私とバイスが先程した会話を、まるきりやり直している。チェンが私の役。随分と上手にできていた。私がペチカの隣に立つ頃には、もうチェンは苦笑いをしていたのだけれども。 「前歯が面白い…、ね。」 苦い笑い顔でチェンがそうぽたりと呟いたものだから、私の胸はまた小さくどきりの鳴いたので、自然を装ってバイスの顔に視線を移したが、相変わらずこの目には慣れない笑顔を浮かべていたので、私の胸はすぐに鳴り止んだ。
―その頃に。
「…BAKANISARETERUNJA…」 ばかにされてるんじゃ
ペチカが私もチェンも言わなかったことを言い出して それから少しの間だけ、広い廊下が静かになってしまった。 少しの間だけ。
「何の騒ぎだ?さっきのは。」 東の方向に歩いて行く途中で上の方向から今度は耳に聞きなれない声に呼び止められる。 慣れてないだけで、声の発信源の顔は知っていた。名前も。上を向いて確認する。「レンチ。」 廊下の床からかなり離れた天井の板(この廊下はとてもとても大きな彼らも使うものですので)にぴったりと足と手のひらをくっつけて、逆さまになった彼は私を見下している。私の声に返事を返さずに、ただ、先程の質問に対する私の答えだけを望んで、黙って、そこで待っている。寡黙な男だ。だからまだ私の耳に彼の声は馴染んでくれていない。(馴染む努力も、馴染ませる努力もお互いしないのだ) 「ペチカとバイスが喧嘩しそうになってそれを止めようとしたチェンにバイスの攻撃がうっかりあたってしまって、チェンまで怒って暴れだして、それを丁度通りかかったキリとハブサスが、」 「なるほどな。」 最後まで言い終わる前に、寡黙な男は頷いた。彼は行動だけでなく気も早かった。それが不愉快なのかと言われればそうではなく、私もあまり長く喋るのは得意ではないのでこういう時、彼の理解力と性格は有難かった。 そして私も一度頷いて見せて、その流れで顔を前に向けてまた東の方向に足を進める。廊下は、長かった。 「クレン」 進め始めた足を一度止めた。 「子守、御苦労だ。」 「……‥」 私はもう一度振り返る。閉じたばかりの口を開いて、「別に、私は、」 「そうだ、もしもキリが」 「……‥」 開いたばかりの口を閉じた。見上げた先の寡黙な男は、今日は随分といつもに比べて、よく喋る。 「俺を探していたら、見なかったと伝えてくれ。タタラ文化に興味があるのは嬉しいが、俺はあまり、話すのが上手くない―――」 「……‥」 それは、私もだし、それはもう言ってしまったから、二度目は流石に言い辛いんだけど。 私はそう思ったけれども、話すのが上手じゃないのは、やっぱりお互い様だったから、たった一つ私は頷いた。それだけで十分で。レンチも一度頷いて、身軽な体はそれから私がたった一回の瞬きをしてる間に何処かに行ってしまった。 この廊下は暫く一本道だから、もしも西の方向に行ったらそこに彼女が居るのに。私は見つからないように祈ることもせずに、それから先は頭の中を空っぽにして止めていた足をまた進めた。東の方向。廊下は長い。でも終わりはある。いつどこにでも。何時何処にでも。
重たい扉を開けて(実際そんな重くないのかもしれない。でも私にはとてもこれが重いのよ。)部屋に入る。部屋の奥には大きなマッサージチェア。そこに小さな男の子が座っている。ただ、中身は爺だということを私も彼らも、皆知っている。「博士」と私が呼ぶと、俯いてた上に長い髪に覆われていて見えなかった顔が、ゆっくりと上がって、私に見えた。見慣れた顔。「クレン」耳に馴染んだ声。 「…失礼します」 私はそう言って、扉を閉めた、扉はやっぱり、重たかった。 博士はただ黙って私を見てる。ただ黙って私を見てる。寡黙な男なんて、たった一人で十分だから、私はこの沈黙が嫌いだったが、私はやっぱり喋るのが上手ではなかったから、私から喋ることはなかった。この部屋にはただ忘れ物を取りに来ただけだ。(昨日この部屋に訪れた時に) 「クレン」 「…はい?」 沈黙の幕が少しだけ、開く。男の口で。 「さっきの騒ぎは何だ?此処まで聞こえたぞ。」 「……‥」 私が黙ったのは、言葉を選んだからだ。決して言い辛い内容ではないが、言い方を間違えれば騒ぎの原因は、何かしら罰を受けることを私は知っていた。私は知っている。少し悩んでから、言葉を慎重に選んで、彼に伝えた。どうやら私は正解したようで、元気だなアイツ等は、と聞き終えた博士は呟いた。それを聞いて私の胸が鳴り止んだところで、ああ。私は緊張していたのかと知る。瞼を伏せた。 「…バイスは今日、とても機嫌がよかったですよ。あなたのおかげで」 「…何かしたっけな?」 博士は首を傾げる。くたりと長い髪の束が、揺れたのが視界の狭まった目に見えた。狭まった分、良く思い出す。あの廊下で見た、あの、ひどく嬉しそうな顔。思い出したところで、―やっぱり目に慣れない。 「貴方に、前歯を面白いとほめられたと。」 「褒めたわけじゃないんだがな…そうか。」 そうだろう、そうだろう。頭の中で思ったが、それは言わなかった。博士は何か言葉を続けるように見えたからだ。そして彼はやっぱり、すぐに次の声を、出した。 「…ハッキリと、褒めたわけじゃないと言ったら、アイツはどんな顔をすると思う?クレン。ああ、それとも、目障りだと言ったら―…」 声を出す口元は、弧を描いている。三日月の角度を弄ったように。私の嫌いな笑い顔だった。 わたしのきらいなわらいがおだった。わたしのきらいなわらいがおだった。わたしの―――
「…それでもしも、前歯を折りでもしたら暫くバイスの分だけおかゆを別に作らないといけなくなります。それは私が面倒だから、考えるだけに留めて下さい。博士。」
言ってから、目を閉じた。 遅かった。目を閉じる前に一瞬だけ、見えた。男の、とびきり嫌な、笑い顔。にやりぃ、と男はいやらしく笑った。のを、私は見たが、忘れようとした。目を閉じる、開かない。開かない。ひらかないわ。 「…‥そうだな、そしたらお前が苦労するものな、クレン。子守は大変だなあ」 ちがう。わたしはべつに。そう思って、思ったけれど、私は眼を開けないし、同じように口も閉じたままだ。開かない。開こうとしない。ひらきたくないわ。
「アレは昔から、お前の『お気に入り』だからなァ?」
「…違います…‥」
ぽたり。と落ちた。 どこから。わたしのくちから。 しまったと思った瞬間、目を開いた。 博士はいつの間にか、私の目の前に立っている。(足音なんか、聞こえなかったのに私の目の前に立っている。) 私の目より少し下のところで、笑っていた。目に慣れた笑い顔だった。ああわたしはしっている。このかおを。ずいぶんとむかしから。はかせ。( ぱぱ )
「違わないだろう、クレン」
『はかせ』は私を見上げて、笑っている。 私の目に、とても馴染んだ笑い顔で。何よりも知っている笑い顔で、わたしは、(めをとじた)
「違うわけがない、だってお前は」
「オレの娘なんだからな!」

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