[470] 本部、教化部、道場の早朝行事の意義 |
- 明鏡 - 2015年02月18日 (水) 09時00分
生長の家本部や各地の教化部、道場等に朝詣りをして、
神想観をし、世界平和の祈りを集団で厳修(げんしゅう)し
『 甘露の法雨 』 を誦(あ)げるのは、自分の先祖を供養するために、
自宅の祭壇に向って聖経を誦げるのとは、意義が違うのである。
本部は 実相の世界の神様の地上的顕現として、
本尊が あそこにいらっしゃるところであり、
教化部や道場は その本尊の分霊が 「 實相 」 の軸 又は 掛額を縁として
来臨せられてあり そこに、早朝神想観に来る人は、本尊の霊気をうけて、
自分が神想観をして、霊気を吸収して、みずからが お陰を頂くと共に、
宇宙的、国家的意義をもって、世界平和の祈りをするのであり、
その儀式として、参詣者(さんけいしゃ)が 本尊に礼拝して、
本尊の前に安置されている誠魂(せいこん)を奉安(ほうあん)せる
宝筐(ほうきょう)に対して 『 甘露の法雨 』 を誦げ、
各自の誠魂の悟境の向上に資するという目的で集まるのである。
だから自分の家の祭壇で祖先を供養するために 聖経を読誦するのや
最寄会の個人宅で集まるというのとは 意義が異るのである。
『 人生を支配する先祖供養 』 (49頁〜50頁) 谷 口 雅 春 先 生
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