ザワークラウトとは、キャベツの漬物のことである。ドイツやフランスのアルザス地域を中心に食用されている食品で、「酸っぱいキャベツ」という意味らしいが、その酸味は酢ではなく乳酸醗酵によるものだという。 私がザワークラウトにはじめて出会ったのは、小学生の頃だった。いや、出会ったといっても本物の料理ではない。ある児童文学の本に描かれていたザワークラウトである。 その児童文学とは、『大どろぼうホッツェンプロッツ』のシリーズ。出版は1960年代の終わりから70年代初頭で、ハリー・ポッターのようなブームにはなっていないものの、児童文学としてはかなり有名な部類に入るのではないかと思う。 物語で活躍するのはカスパールとゼッペルという2人の男の子。カスパールにはおばあさんがいて、みんなで楽しく暮らしているのだが、なぜかそのおばあさんが大どろぼうホッツェンプロッツに狙われてしまう。 物語1作目での被害は、歌をうたうコーヒーひき。カスパールとゼッペルが工夫して作り、おばあさんの誕生日に贈った大事なコーヒーひきを、白昼堂々現われたホッツェンプロッツが強奪していく。2人はそれを取り戻すため、悪い魔法使いや美しい妖精と出会いながら大冒険をし、ついに事件を解決する。 ザワークラウトが出てくるのは2作目の物語『大どろぼうホッツェンプロッツふたたびあらわる』の中である。カスパールのおばあさんが、木曜日のお昼にやきソーセージとザワークラウトと作っていると、拘留されていた消防ポンプ置き場をまんまと脱走したホッツェンプロッツが現われ、カスパールとゼッペルに食べさせようと思っていたやきソーセージとザワークラウトを「ぜんぶ」食べていってしまうのだ。 小学生の頃といえば、私は多分、キャベツが好きではなかった。しかし、そこに描かれているザワークラウトという未知の食べ物は、「しおづけキャベツ」という訳注があるにもかかわらず、本当にとてつもなく美味しそうで、強い印象が残った。木曜日のメニューと決まっているやきソーセージとザワークラウトは、カスパールとゼッペルの大好物。なにしろ2人はできることなら一週間を7日とも木曜日にしたいし、もっと欲をいうならば、一週間を倍にして14日とも木曜日にしたいくらいなのである。 このような面白い喩えを使った文章、2人の男の子の活躍、そして何より、はられた伏線がすべて丁寧につながってハッピーエンドを迎えるこのシリーズは、今読んでも痛快で秀逸だ。2人はむろん事件を解決し、物語の最後でやきソーセージとザワークラウトをお腹が痛くなるくらい食べる。ザワークラウトの他にもドイツのおいしそうな家庭料理がいくつも登場し、読んでいるとお腹が空くくらい。それにしても絵本や文学に出てくるご馳走は、どうしてこんなに美味しそうなのであろうか。
実際のザワークラウトについてはなかなかお目にかかる機会がなかったが、最近やっと、ソーセージの付け合せとして居酒屋などでも口にできるようになった。実はこの間も食べたところである。美味しくはあったのだが、やはりあの物語に出てきた、カスパールのおばあさんが作った鍋いっぱいのザワークラウトにはかなわない気がする。
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