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第6章 1節:最初で最後 - 翼無き天使 (男性) - 2008年02月07日 (木) 18時37分 [753]
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イタリア北部、街中から少し距離を置いたミラノの外れ。 「ここがヨーロッパ地域本部か……」 縦にも横にも巨大な建物。何階建てだろう。思っていたより近代的だ。ヴァチカンの総本部が古典的すぎたのか。 人の手では開けられそうにない大きな扉。その前には警備の人間。ここら辺がいかにも軍事関連施設のようだ。そういう風に見せてるわけだが。 「身分証明書を」 近づくと警備の人に言われた。コートからヴァチカンでもらった手帳を出して見せる。 「少々お待ちください」 そう言って小さな無線機を取り出した。 「こちらゲート1、開門」 「了解」 無線機から返事が来る。扉が横に動き始めた。 「人が出入りするたびにこうやって開けてるんですか?」 警備を厳重にするのは結構だが、これはかなり面倒くさい作業だ。警備の人は笑って答えた。 「いえ、この扉は滅多に開きません。あなたがここを通るのも、たぶんこれが最初で最後ですよ」 「…?」 「さ、どうぞ」 扉が僅かな隙間を作って待っていた。
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第6章 2節:危険な決意 - 翼無き天使 (男性) - 2008年02月07日 (木) 18時40分 [754]
「本部長、前2件の任務完了報告書です」 「朝早くからご苦労様〜」 昨日はライアンの顔を見る気にならなかったので、マイヤは翌の朝一番で持ってきたのだ。 「そろそろアルトくんが到着する頃だね〜」 「…そうですね」 やや怒気を含んだ声で適当に返す。 「あれ、まだ怒ってるの?やだな〜、ただのお茶目なのに」 「用がないならこれで失礼します」 「ところが、まだ用があるんだな〜」 「…何ですか?」 「アルトくんがこっちに着いたら中を案内してあげてよ」 「なんで私が……」 「なんでって、彼はキミの……とまぁそれは冗談で」 マイヤの殺気を感じたのか、ライアンはは口をつぐんで途中で切り替えた。 「まだ他のターミネーターは誰も帰ってきてないからね〜」 「それでも誰か他の人がいるでしょう?」 「いないね〜。開発部門はディテクターの量産でごった返してるし、情報管理部門だって毎日支部から送られてくる情報の管理で大忙し。会計部門も同じ。ボクは見ての通り、ここの誰よりも忙しいのよ」 そういって書類で埋め尽くされた部屋を見渡す。本当に忙しく仕事をしてるならこの現状はあり得ないはずなのだが。 「それにアルトくんとしても顔見知りの方が気が楽でしょ?」 「それは、まぁ、そうですが……」 「それとも、承諾できない何か深〜い特別な理由でもあるのかな〜?」 そう言ってニヤッと笑う。 「……わかりました。やります」 「よろしく〜。用件は以上。アルトくんが到着するまでは自由にどうぞ〜。今は任務もないしね」 電話の呼び出し音がする。デスクの上だ。 ライアンは書類に埋もれた電話機をガサゴソと引っ張り出し、受話器を取った。 「もしも〜し。…うん。…あ、そう、もう着いたの?」 どうやらアルトが到着したようだ。 「じゃあこっちに連れてきてくれない?…はいは〜い、よろしくね〜」 受話器を置く。 「アルトくん到着したってさ」 「そのようで」 マイヤが思ったより少し早かった。 「ちょっとここで待っててよ。この際、先に話をしてから館内デートと洒落込もうじゃないか」 (こいつは……。DIC殲滅の暁にはこいつも消し去ってやる…!) マイヤは込み上げてくる怒りを必死に押さえ込んだ。 「…何を話すんですか?」 「ちょっとね。新入りくんの決意の程を聞いておこうと思って」 「…というと?」 「アルトくんは母親をDICに殺されたんだよね?今は家族もいない」 「はい。だからDIC殲滅に関して決意も強固ですよ。責任感も人一倍のようですし」 「そう、だからこそ彼のその強固な決意は、彼に危険を及ぼすかもしれない……」 「は?」 ――コンコン 「失礼します」 入ってきたのは1人の少年。黒ズボンに黒コート。髪は輝く銀。 「いらっしゃい、アルトくん。待ってたよ」
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第6章 3節:大切なこと - 翼無き天使 (男性) - 2008年02月07日 (木) 18時41分 [755]
とりあえず門はくぐったものの、どこに行けばいいのかわからず、受付らしきところへ事情を話したらどこかへ取り次いでもらい、そしてここに連れてこられた。 まず目に入ったのは大量の書類。次にマイヤ。心なしか不機嫌そうだ。そしてデスクに腰掛ける男性。 なぜ白衣を着ているのかは不明だったが、この人がおそらく本部長なのだろう。 「ボクがここの本部長のライアン=クランツ。よろしくね〜」 「アルト=ナイトウォーカーです。こちらこそよろしくお願いします」 「マイヤくんはこの間会ったから知ってるよね?」 「はい」 「キミの部屋は後で好きなのを選んでね。たくさん余ってるから。この後マイヤくんが館内を手取り足取り愛情たっぷり込めて案内してくれるらしいから、ここに関するわからないことはその時聞いておくといいよ」 「はぁ…」 「本部長!真面目にしてください!」 「やだな、ボクはいつになく真面目じゃないか」 「いったいどこをそう見たらそうなるんですか!?」 マイヤはここではいつもこんなに苛ついてるのだろうかとアルトは思った。マイヤの質問には答えずライアンは続けた。 「キミにここへ来てもらったのは、ちょっと聞いておきたいことがあったからなんだ」 さっきまでとは声や目付きが変わった。 「…何でしょうか」 「キミはアデル元帥の下で修行を積んだそうだね」 「はい」 「マイヤくんの話を聞く限り、キミは殲滅者としてもう充分任務をこなしていける。パートナーを組んでの研修も必要ない」 新米は研修をするのか。知らなかった。 「そこでキミに質問だ。この殲滅者としての仕事をしていくにあたり、何が最も重要か、キミは知ってるかい?」 何が最も重要か。そんなことは誰が考えても明らかではないか。 「…DICの殲滅です」 そう、DICの殲滅。それこそが殲滅者の最も大事なこと、そしてそれがアルトの全て。アルトの使命。 「ふむ…まぁ、間違ってはいないね。それもとても重要だ。でもそれは最終的な『到達点』であって、その到達点に辿り着くために重要なことは、何だと思う?」 DIC殲滅のために重要なこと。 「…………」 「…質問を変えよう。例えば、DICがキミの力じゃ相打ちがやっとの強敵だったとしたら、キミは自分の命を落とすことになろうとも、DICを消去しようとするかい?」 「……はい」 退けば犠牲者がさらに増える。おめおめとしっぽを巻いて帰るわけにはいかない。何としてもDICは消去しなくてはならない。 「……最も重要なのは、『生きる』ことだ。戦いの果てにキミの『死』の可能性が見えるなら、キミは戦いを放棄して逃げるべきだ。DICはその後で応援を連れて改めて消去すればいい」 逃げる?DICも倒さずに? 「でもそれじゃ犠牲者が――…」 「…――増えるね。遅れた分だけ確実に犠牲者が増える。じゃあ仮にキミが相打ちでDICを消去したとしたら、その先はどうなる?そのDICに関しての犠牲者はそこで止まるね。でもキミが未来で消去するはずであろうDICは野放しだ。他の殲滅者が倒すにしても、そこには必ず遅れが生じる。僕らは先制してDICを倒すことはできないからね。その遅れをまた他の殲滅者が、そこでまた生じた遅れをまた他の殲滅者が……。遅れの連鎖が積もりに積もって、やがてキミが一旦退いて改めて倒した場合を遙かに凌ぐ犠牲者が積み上がるだろう。殲滅者が1人死ぬってことは、そういうことなんだ。キミの仕事は、DICを消去し、かつ生還することだ。DIC1体倒すために死ぬくらいなら、逃げてくれた方がキミもボクも、キミの仲間も、そして世界も助かる。おわかり?」 そんなこと、考えたこともなかった。考えたことなかったが、話は簡単だ。アルトはDICを倒さなくてはならない。この世界から消し去らなくてはならない。そのためには、生き続ける必要がある。DICを殲滅するその日まで。そういうことだ。 「はい、わかりました」 「よろしい。お話は以上。マイヤくんと楽しい楽しい館内観光を満喫しておいで」 「行こ」 マイヤがライアンに一睨み投げて、部屋のドアに向かって歩き出す。僕もそれに続いた。 「アルトくん」 「はい」 本部長がさっきの「おわかり?」の前までの真面目な顔で僕に呼びかけた。 「もう1つ覚えておいて欲しいことがあるんだよね。心の片隅にでも置いといてよ」 「何ですか?」 「『運命』っていうのは、神様が創って渡してくれるものじゃなく、自分で組み立てるものなんだよ」 わずかに微笑みながらそう言った。慈しむような、憐れむような、そんな微笑みで。
「本部長はすごい人ですね」 マイヤの横を歩くアルトが感嘆の声を漏らした。 「まぁ、ね」 認めるのは何となく癪に障るが、事実だ。 頭はいい。仕事もやらないだけで、おそらくやれば何でもできるだろう。でもどこかチャランポランで、無責任で不謹慎な男だと、そんなふうにマイヤは思っていた。 それは表面上だけの張りぼてだったのか。今日はライアンの心の一端を覘いた気がした。悔しいが、ライアンはすごい人間だ。 「さて、それじゃまずアルトの部屋を選ぼっか」 「はい、お願いします。……あの、あんな人が本当に変人なんですか?」 「世界屈指のね。最近変態であることも発覚したわ」 「…?」 何にしても、新たな殲滅者は、こうしてヨーロッパ地域本部にやって来た。
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