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こちら超常現象対策室! - 翼無き天使 (男性) - 2009年07月30日 (木) 16時58分 [945]
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【第1話】なんなんだこの女!
俺は二界堂煉治(Nikaidou Renji)。東京都内の高校に通う普通の、ごく普通の高2だ。別におかしいとこなんて断じてない。どこにでもいる普通の高校生。
――ただ少し、幽霊が見えるだけの。
日曜日。 その日は俺の人生でトップ3、しかもそのてっぺんにランクインするであろう正念場の日だった。 そう、人生で初めての彼女と、人生で初めてのデート! その日のために俺の今までの人生があったと言っても過言ではない。必ずやこのデートは成功させねばならない。 髪型も完璧。歯も磨いた。口臭ケアも抜かりなし。服も地味過ぎず派手過ぎず、クールに決めた。部屋も掃除した。アレもいざって時のために財布の中にしっかりと入れてある。 あとは彼女と笑顔で楽しい一時を過ごすだけだった。それで俺のバラ色の人生が拓けるはずだった。 ヤツさえ現れなければ……。
◇
駅前で待ち合わせ、彼女の希望でまずは映画館へ行った。 いいぞ俺。固くない順調な滑り出しだ。彼女の表情も緊張した風もなくにこやかだ。 券を買ってシアターの中に入る。人はそこそこで、俺たち、俺と彼女と彼女は中央列の真ん中ちょい前の席に座った。 俺の左には「私これずっと見たかったんだよね〜」と楽しそうにパンフレットを見る彼女。 俺の右には千切れた服に血まみれで左腕のない彼女。じっとこっちを見てる。 「…………」 耐えろ!耐えろ俺! ここで幽霊がいるなんて彼女に言ってみろ!念願のデートが一気におじゃんだ! 無視!無視!無視!シカトだ! 俺の右隣に女の幽霊なんていない!何もいない!そこは単なる空席だ! 集中しろ!左の彼女とスクリーンに!
そうして俺は拳を握りしめ、歯を食いしばり、約2時間を耐え抜いた。映画館が薄暗いことにこれほど感謝したことはない。 俺と彼女が席を立つと、もう一人の彼女も席を立つ。 「…………っ!」 まさか。 ついてくる気か!?浮遊霊!?てっきり地縛霊かと。 この女!俺のデートを邪魔する気か!? いや、落ち着くんだ俺。ここでこの幽霊をぶん殴ったりしてみろ。 彼女は俺の奇行を大いに怪しむことこの上ない。ここは首尾一貫して当初の作戦を続行するべきだ。 無視するんだ。空気のごとく。この女の存在を無視するんだ。 女は左腕からどくどく血を滴らせながらついてくる。もちろん実際に地面に血が付くはずもない。 彼女に気付かれない程度によくよく見ると、右脚も妙な方向に曲がっている。 事故か?自分の死を受け入れられずに成仏できない。そんなところか。 何を考えてるか知らんが、俺にあんたを救ってやることなんて出来ないんだよ。 とっとと**!
正午を少し過ぎたあたりだったのでそこら辺のファーストフード店で昼食をとることにした。 彼女と向かい合わせで座って昼ご飯。 こんな夢に見たシチュエーションであるにも関わらず、オレの心がドキドキしないのは何故だろう。 理由はもちろん。 彼女の真横に突っ立ってるもう一人の彼女のせいだろう。 「どうしたの二界堂くん。あんまり食べてないね」 「あ?あぁ。うん、なんかあんまり腹減ってない、かも」 そりゃそうだ。 眼前に左腕から血を流した幽霊がいれば誰だって食欲がなくなる。 「そう?じゃ、ポテトもらっていい?」 「あぁ、どうぞ」 しっかりしろ!ここで彼女を退屈させるな! 会話だ!何か話題を!映画の感想とか、これからどうするかとか!何でもあるだろう! 口を開け!声を出せ!しっかりしろ俺! 「ちょっとトイレ」 そう言って俺はガバッと立ちあがり、出来るだけ目立たないように、素早く、女の右腕を引っ掴んでトイレに引っ張っていった。 バタンと扉を閉め、鍵をかける。そして女の胸ぐらを掴んで壁に叩き付けた。 実際にはそう見えるだけで壁には何の衝激も伝わらない。 女は「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。 「いったい何なんだあんた!俺に何のようだ!幽霊に友達扱いされるほど俺の交友関係は広くねぇぞ!」 女はおどおどした口調でぼそぼそ話す。 「あの、その。お話相手が、欲しくて」 「話し相手だぁ!?そんなもん成仏してあの世でゆっくり探せばいいだろうが!」 「あの、その。成仏ってどうやったら出来るんですか?」 「……っ!んなこと、俺が、知るかぁぁぁあ!」 女はまた「ひっ」と悲鳴をあげる。なんだか、これじゃ俺が悪者みたいだ。 俺は手を離して女にビシッと指さした。 「とにかく!俺は今デート中なんだ!あんたの話し相手になってる暇はない!デート中じゃなくてもない!わかったらとっとと成仏してあの世へ逝け。あんたはもう死んでんだ。成仏の仕方がわからんなら霊媒師なり除霊師なりを探せ」 そう言って俺はトイレを出た。 「わるい」 「お腹の調子でも悪いの?」 「いや、大丈夫だよ」 俺は笑顔で席に着いて残りを食べ始める。 よし。これで問題はクリア。こっからがデート本番だぜ。 「ねぇねぇ。この後どうする?」 「そうだな。この近くに最近出来たショッピングモールがあるらしいから、午後は、そこ、に……」 俺の視線は彼女から外れ、その横に動く。 「?」 彼女は俺の視線を追うも、そこに何かを見留めるはずもなく。 「どうしたの?」 たぶん。 俺のボルテージも限界に到達しつつあったんだと、思う。 女は言った。
「あの、除霊師ってどこに行ったら会えますか?」
何かがプツンと、切れた。きっと俺の脳内ヒューズだ。 なんなんだこの女……!
「俺が知るかあぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
気が付けば、俺はその女を渾身の一撃でぶん殴っていた。
◇
「で?その後どうなったんだ?」 俺の前の席に座っているクラスメイトの津島涼太はニヤニヤ笑いながら聞いてくる。 俺は机に突っ伏したまま、体中から負のオーラを発していた。 「……会話の流れ的に、俺が彼女の発言にキレたような状況になって、行動的に俺が彼女を殴ろうとしたが空振りに終わったような状況になって、彼女が泣き出して、ごめんなさい……」 彼女は大粒の涙をこぼしながら「ごめんなさい」と消え入るような声を残して店から出て行った。 その日の俺の記憶はそこで終わってる。 気が付けば今日の朝になってた。 「つまりは破局」 涼太は事の顛末を残酷な一言で締め括る。 「……もう死にたい」 きっと俺の言葉は彼女の心を深く傷つけたに違いない。罪悪感で身体が重い。 「彼女に話せばよかったじゃないか。幽霊のこと」 そう、涼太は俺が幽霊を見れるし触れるし話せるという事実を知っている数少ない人物だ。 「……話せる状況じゃなかった。つーか無理だろ。誰が年中幽霊に付きまとわれるような男を好きになるんだよ」 「その後電話してみたのか?」 「……今日の朝。でも着信拒否」 終わった。完全に。 「そうか。可愛かったのにな、彼女」 「どーせ俺には一生恋人なんてできやしないんだあぁもうダメだ死のう」 「まぁそう落ち込むな。また可愛い子いたら紹介してやるよ。オカルト好きそうなのを」 この男は俺の心の落ち込み具合をいまいち理解していない。 いや理解している上で俺の大自爆を楽しんでいるのか。なんて友達甲斐のない奴だ。 「……帰る」 「おいおい、まだ1限だって終わってないぞ」 こんな気分で授業なんて受ける気にならん。俺は涼太の言葉を無視して教室を出た。 「ふっ、ありゃ相当な重症だな」 ドアを閉めるときに、背中にそんな声が届いた気がした。
◇
「くそっ、全部あの幽霊女のせいだ。幽霊なんか大っ嫌いだ」 大失恋の悲しみは、教室から玄関へ行くまでの間に幽霊への憎しみに転化されていた。 なぜ俺ばかりこんな目に遭わねばならんのだ!世界の人口は60億を優に超えているというのに! 幽霊が見える人間がこの世に何人いるか知らんが、とりあえずマイノリティーであることは間違いない。 そこになぜ俺が入るのだ。両親も姉も祖父母も親戚も、俺の親族には誰一人として霊的な何かを持っている人間はいない。 いったいなぜ!理不尽だ!不幸だ!不条理だ!不運だ! などと思案しながら商店街を荒々しく歩いていたら、後ろから肩をトントンと叩かれた。 「…………」 またか。この手の嫌がらせじゃもう驚かんぜ。 どうせ振り向いたら顔がツルツルの奴とかゾンビみたいな奴とか舌が異様に長い奴とかが、愚かな人間ちゃんを驚かそうと今か今かと待ち構えてるんだ。 誰がそんなもんに付き合うかバカめ。無視だ無視。スルー。何もいないんだ俺の後ろには。 俺は構わず歩き続けた。 「ちょっと!いくら何でも振り向くくらいしてくれてもいいんじゃないの?」 肩をトントンした主は憤慨した様子で俺を呼び止める。女の声だった。 また……! また女……! 「ちょっとってば!」 女は俺の肩をグイッと引っ張る。 「うっせぇ!俺は幽霊女は大っ嫌いなんだよ!!」 そう言って肩に触れた手を振り払う。 そこには。
どえらい美少女がいた。
…………あれ? 「失礼な!あたしまだ死んでないよ!」 待て待て待て! 落ち着け二界堂煉治!誰だこの美少女は!?めっちゃ可愛いぞ! じゃなくて!なぜこんな見ず知らずの美少女が俺に話しかけるんだ! しかも後ろから肩をトントン!?なにその超フレンドリータッチ! つーか向こう俺を知ってる!?じゃなきゃ話しかけないよな普通! でも俺知らないぞ!?どこで会った!?いつあった!? 「……え〜と。誰?」 だぁ〜!なぜこんな間抜けな質問しか出来んのだ俺は! 「幽霊疑惑は晴れた?」 「あぁ、はいまぁ」 美少女はニコッと笑う。 か、可愛い……!なんだこの悩殺スマイル!
「あなた、幽霊見えるでしょ」
「…………はい?」 今、なんつった。
なんなんだこの女! (第1話完)
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